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第71話(第3章)

「はい、学校では親しくしていますが、今回は三條君が誘ってくれましたし、絢子様のご意向も有ってあのような事になりました」 「それは分かっている。しかし、二人で主賓室に戻って来たのはどういう訳だ」  眉間に皺を寄せて父が言った。 「あれは…三條が片桐君の妹とお話しがしたいと言ったので、お邪魔だと思い、二人で席を外しました」  普段から思っている事が顔に出ないで済む、自分の性格に感謝して言った。 「私は父上を尊敬しています。父上のご意向に逆らうことは致さないでいる積もりです」  そう言って父の私室を後にして、ぶらぶらと歩いて自室に戻る。いつもよりも歩調を緩めて考える。  尊敬しているのは事実だったが、現在自分の心中の一番上を占めているのは片桐だ。  自分が男性に欲情する異常性欲の持ち主とはついぞ思っていなかったが、実際はそうだったらしい。自嘲の笑みが零れる。片桐はどうなのだろうと思った。彼もそうなのだろうか。  ただ、自分が見ている範囲に限られるが、親しい友人は居ない様だったし、先輩との噂が立ったとも聞いた事が無い。それに何より自分との情交の際の様子を思い出してみると、初めてなのが良く分かった。女性の事も、絢子様の御求愛を退けたのもひとえに自分のことが原因と思われる。 (彼にとって自分だけが特別)  そう思うと、心臓の辺りが熱くなった。  翌日、片桐の事を考え、睡眠不足のまま登校する。片桐はもう登校して来て、三條と話していた。すっかり親しくなったと見え、黒田に接するように快活に話している。他の級友達とも片桐は話すが、表向きは快活そうでも実際はそうでないという事は、数ヶ月の密かな観察の結果だった。自分の方にはちらりと視線が流されるが、彼特有の静かな湖のような瞳だった。  授業が終わると、片桐は直ぐに下校した。自分も後を追いたかったが、担任に用事を頼まれ、その用事で幾分時間が掛かってしまった。  心の中では(片桐、ニコライ堂)という固有名詞が頭を離れなかった。  先に着いているだろう片桐の事を思って市電に乗る。自分達の階級の者は出入りしないといっても名所となっている露西亜《ロシア》正教会の建物だ。場所くらいは分かる。市電を降りると駿河台の道を走った。ニコライ堂のドームが見えた。あの下に片桐が居る。それだけで鼓動が高まる。

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