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第72話(第3章)

 石畳を踏んで扉を開けた。夜には、自分達が当たり前のように使用している電灯ではなく蝋燭を使うのだろうが、まだ明るい今は太陽の光で間に合わせているようだった。その太陽の光を受けて片桐の髪が茶色に煌いていた。教会の椅子に座っているのではなく、礼拝堂の最後尾に佇んでいた。正面にはイエスキリストを抱くサンタ・マリアの像が立ち、おそらくは露西亜人だろう少年達が聖歌を歌っていた。父達がキリスト教を忌み嫌うので教会には立ち入った事はなかったが、暖かく静穏な雰囲気の場所だった。  扉が開いたことを察した片桐は、今まで目にしたことが無いような柔らかな微笑みを浮かべた。彼も、自分の領域内ではない事で、素直な表情を浮かべる事が出来るのだろう。  片桐の横へ行き、(ああ、三條から聞いておけって言ってたな)とようやく思い出し、 「昨日、華子嬢はご機嫌麗しかったか」 「ああ、華子はああいう席に招待されることも無かったからな。それと、三條君の事をしきりに言っていた」  自分が三條の事を切り出さなくて良い事に、少し安堵した。 「華子嬢の件なのだが、彼女には婚約者は居るのか」  立ったままで聞いた。 「いや、居ないが」  不思議そうに形の良い眉を上げた。 「そうか。それは良かった。俺の事とは関係無いから心配するな」  そう言って、手首を掴んだ。 「折角来たのだから座ろう」  最後尾の席に並んで座る。誰も見て居ない事を確認して、手を繋ぎながら接吻する。いつもの彼なら周囲を気にして身体を硬くしているが、今日は素直に身体を持たれ掛けて来る。周囲に知った顔が居ない上、異教の場所だから畏れもないらしい。 「この様にぴったりと座れる場所というのも良いものだな」 「ああ。自分の屋敷では隣に座れても距離があるからな」  くすぐったそうに笑って、唇を重ねて来る。重ねるだけではなく、舌を出し、唇の表面を撫でる感触が堪らなく良かった。誘われるように唇を解き、舌を絡ませる。欧羅巴の音楽が魔法の様に耳に入って来た。そっと上着の釦を開けシャツ越しに上半身を愛撫する。シャツ越しでも、胸の突起は存在を誇示していた。二本の指で摘まみ上下させる。片桐は恥ずかしそうな顔をしているが、制しようとはしない。上気した頬と抑えた息遣いが欲望に火を点けた。しかし、いくら何でもここではまずい。人が通る可能性がある以上は。  こういった建築物ならば、御手洗いも洋式だろうと思った。 「お前の全てが欲しい。構わない…か」  耳元で熱く囁くと、耳たぶがもっと紅くなり頷いた。  片桐は制服の釦だけを留め手を繋いだまま肩を並べて歩いて来る。清潔に整えられた髪からは良い匂いがする。御手洗いに着く。外国では普通のことなのか、それともこの教会だけなのかは分からないが、個室の鍵の他に御手洗いの扉にも鍵が付いていた。その鍵を閉めた。小さな音だったにも関わらず自分の耳には大きく響いた。中は清潔だった。タオルもふんだんに用意されて居る。鏡も凝った意匠で大きい。蝋燭の明かりが点されていた。 「この様な所で構わないのか」

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