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第76話(第3章)
教会に蝋燭が灯る頃、名残惜しげに教会を後にした。御茶ノ水橋まで黙って歩いた。黙って居る事が少しも苦にならない。これが心と身体を重ねた仲なのだろうかと思った。
「お前は屋敷に帰らなくても良いのか。そろそろ夕食の時間だろう」
「晃彦だってそうだろう。帰らなくてもいいのか」
ぽつんと言った言葉に、未練ではないが寂しそうな雰囲気があった。
「ああ、俺は構わない。お前さえ良ければ」
「オレも構わない」
口調が明るくなった。
御茶ノ水橋の欄干に二人して凭れた。人目があるので距離には充分注意してはいたが。
「ニコラス堂のドームが見えるぞ」
「異教とはいえ、人々の信仰の場所でああいうことをしたのは罪深い事だったかも知れないとオレは思う」
いつもの思慮深そうな声だった。
「大丈夫。罪なら俺が背負う」
「いや、同罪だ。オレはお前に抱かれたかった…から」
その言葉は嬉しかった。気になっていた事を聞く。
「お前は、俺に抱かれる事をどの様に受け止めているのだ。普通は男女がするものだろう」
「それはそうだが、オレは絢子様の御求愛を受けた時、まず最初に思ったのは、晃彦の顔だった。それ以前はその様なことは考えた事は無かったが、晃彦が一番大切で貴重な存在だといつしかそう思っていた。園遊会の時も令嬢達がいらしたにも関わらず晃彦の気配だけを感じていた。オレは変なのかも知れないな」
自嘲するように呟いた。
「変では無い。俺も同じ気持ちで居た。そして今も未来永劫気持ちに変わりは無い」
「誓えるの…か」
震える声で言う。
「ああ、誓える。先ほどまで不埒な事をしていた場所だが、あの教会に誓う」
肩を竦め続ける。
「あの教会には嫌われてしまったかも知れないが、かつての領地の城の中にある神社にも誓う」
真剣な声で言い募ると、深淵な瞳が揺れた。深く澄んだ眼差しに深い湖のような底知れなさと明らかな喜びが同時に浮かんだ。
「元々が祝福されない恋だ。同性であるのみならず、家の問題まで絡んで来る。しかし、今晃彦が一緒に居る、それだけで充分だ。ただ、晃彦が去って行く時が来るとオレはどうして良いか分からなくなるようになった」
一語一語噛み締める様に言った。
「それは俺も同様だ。お前が俺の前から消えてしまうのかと思うと喪失感で気が狂いそうになると思う」
「そうか」
ぽつりと呟く。嬉しそうだが、どことなく寂しそうな微笑みを浮かべた。恋の終わりを予感している様な微笑だった。
そんな微笑を浮かべた片桐に強い口調で言った。
「お前の悩みは俺が背負う。悩み事が有るなら俺に話すせ。いいな」
「ああ、そうする事にする。今はこれといって悩み事などはないが」
だが、瞳の深遠には暗い影が宿っている。片桐は周りを見回している。
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