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第77話(第3章)
「やはり、この界隈は良い。自分の家の事を知っている人間が通り掛からないから」
先程とは違い開放感に満ちた表情だ。
「そうだな。この界隈は俺も初めて来た」
片桐と同じ様に周囲を見回す。
歩いているのは、ごく普通の庶民達だった。彼らは尋常小学校を卒業出来れば良いほうで、それすら家庭の事情で辞めて働く人間の方が多い。
「晃彦、お前は目立つな。ほらあそこの女性、晃彦をじっと見ているぞ」
案外真剣な声で言う。
「お前だって……向こうの女性が見ている」
「オレはきっと制服が珍しいだけだ」
本気でそう思っている様な口調で言った。学生服を着ている人間は確かに珍しいだろう。学習院だと分からなくても目立つことこの上ない。
「俺だって、同じ制服を着ているが」
そう言ってみると、それもそうだなと頷いた。
「しかも、向こうの女性はお前の顔をちらちら見ている」
「晃彦を見て居る女性だって顔を見ているぞ」
他愛のないことで笑いあった。
「それはそうと、華子の事を言ってなかったか」
冷静になってから思い出したらしい。
「ああ、言った。三條が華子嬢に惚れたらしい。彼は女子部でも人気の有る人間だが、醜関係になった事は当然無いし、人柄は誠実だ。言い出した事には責任は取る。それに似合いの二人だと思う」
暫く考えて片桐は口を開いた。
「自由恋愛の話しでは無く、婚約とかそういう話なのか」
「俺の読みでは、そうだ」
「そうか…ただ、家の出自が」
「敢えて冷酷に言う事を許して欲しい。俺の家とお前の家は敵同士だ。しかし、50年以上前の事だ。片桐伯爵のお考えは分からないでもない。俺の家でもそうなのだから。しかし、三條の家は違う。片桐家に何の遺恨も持ってらっしゃらないし、三條だってああ見えて真面目でしっかりした男だ。侯爵家の嫡男だし、別に差し障りは無いだろう」
かつて、母上の弱み位握っていると言った彼の言葉が蘇った。
「問題があるとすれば華子嬢の気持ちだな。惚れた方は居ないのか」
「ああ、それは居ないと断言出来る。華子が恋をすれば、煩い程言ってくる筈だ」
「仲の良い兄弟なのだな。俺とお前の仲も話しているのか」
純粋な疑問だった。
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