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第79話(第3章)

「ほら、見てみろよ。片桐君がこちらを見て居る」  確かに微笑を浮かべて1人窓際に佇んでいた。目で笑い返した。 「そうか、片桐君の屋敷では、お前が三條だったな」 「ああ、そう言わなければ彼の屋敷には入れなかった」 「しかし、真相を知っているのは、華子嬢と片桐だけか…となると別に問題は無いわけだ」 「そうなるな…」 「では、僕が屋敷を訪れて、その際見初めた事にしよう。令嬢の結婚などに携わるのは執事や家令などの上級使用人だ。そういう連中には遭ったことはないのだろう 「ああ、食堂付きの女中が数人だ」 「なら、問題はない。もし片桐家や華子嬢が承諾して下さったら、向こうは嫁いで来る立場だ。片桐家の下級使用人に会う事もないだろうから」  あまりの決断の早さに感嘆の溜息を吐く。 「華子嬢の意思だけはくれぐれも尊重してくれ」  それだけは念を押したかった。 「僕はその積もりだ。本人に断られたらきっぱりと諦める」 「そうか、それならば良い」  後の事は三條家と片桐家の問題になるので口を挟む筋合いは無い。しかし、華子嬢には幸せになって貰いたかった。  ふと目を転じると、窓際には片桐の姿が有った。微笑んでいる彼を見ると、彼の微笑みを永遠に自分のものにしたいと切に冀(こいねが)う気持ちが溢れる。  数メートル越しに視線を絡ませ合っていると、三條の笑いを含んだしかし真剣な口調が鼓膜に届いた。 「そちらは順調そうで何よりだ。で、僕の意向は先に片桐君に伝えて置きたいのだが、僕が言おうか。それともお前から伝えるか」  片桐は妹君をとても可愛がっているのは知っている。彼からすれば華子嬢の求婚の相手が出てきた事を喜ばしいと思う反面、寂しいとも思うだろう。その時、自分が居て彼の気持ちを直接聞きたいと思ったし、もし反対するなら三條に取り成す事も可能だ。片桐家の様子は自分の家と同じく、いや自分の家よりも昔の事に拘泥していると思われる。表面上は同じ爵位だが、かつては陛下に逆らった家柄なので肩身は狭い事は片桐の言動でも察する事が出来る。  彼は、表面上は快活に振舞える男だが、心の底は容易には覗かせない。学友とも一歩引いて交際して居る。その例外が自分で有る事に心の底から震えが来る程嬉しく感じている自分が居た。三條の事も大分打ち解けて来てはいるが、良く観察していると透明な壁を築いているのが分かる。と言っても他の学友よりもその壁は薄い様に思えるが。

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