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第80話(第3章)

「今日も運が良ければ逢える筈だ。お前と華子嬢の事は俺の口から伝えたいが、構わないだろうか」  熟慮の末そう言った。三條は心持ち頬を上気させた。 「未来の兄君に当る可能性の有る片桐君に僕の気持ちを直接話すのは、少し躊躇を感じる。お前が話してくれれば有り難い」 「分かった。そうする事にする」  そこで予鈴が鳴り、教室に戻った。片桐は平静な雰囲気を纏って着席していたが、背中で自分の気配を感じて居るのが、肌を合わせた人間の敏感さだろうか…分かってしまった。  それは大変喜ばしい事の様に思える。  放課後、片桐は一瞬視線をこちらに流すと直ぐに教室を1人で出て行った。直ちに追いかけたい衝動に駆られたが、腕時計を見てきっちり五分後教室を後にした。三條が意味ありげにそして真剣な表情を浮かべていた。  市電に乗り、ニコライ堂を目指す。逸る気持ちで扉を開けると最後尾の席に片桐の姿が有った。マリア像の近くでは露西亜の少年が聖歌を練習して居るらしく、ドームから零れる太陽の光ものんびりとした雰囲気だった。建物は荘厳だったが、練習中の寛いだ雰囲気が室内を満たして居る。  自分の気配に気付いたのか、片桐の視線が扉に向けられた。彼の印象的な瞳を暫く見つめた後、おもむろに彼の隣席に座った。片桐の手の甲が自分の手の甲に伸ばされた。誰にも気付かれない様に振舞う彼の行動が言葉にならない程に嬉しい。 幸い聖歌を練習中の少年達のせいで室内は程良く騒がしく話しをしても誰にも聞き咎められそうに無い。 「重大な話が、有る」  深刻そうな口調で切り出すと、片桐の瞳が動揺するのが分かった。手の甲も強張った。 「華子嬢の事だ」  そう言うと、彼は安堵したかの様に身体の力を抜いた。  周囲に人が居ないのを確かめると、片桐の手を握った。三條が華子嬢に恋心を抱いている事、そして正式に結婚したいと思って居る事などを手短に打ち明ける。片桐はほんのりと微笑んだ。 「華子も女子部を卒業すれば結婚したいと行って来て下さる方は居る。縁談は母が必死に探しているようだが、妹は、信頼出来る人間に嫁がせたいと思って居た。両親の意向ではなく、華子が惚れた人間に貰って欲しいと思って居る。三條君はお前の親友だけ有って性格的にも申し分の無い人間だと言う事は分かる。華子も満更では無さそうだ。だからオレは応援する。母上も三條家の嫡子との結婚なら異議はないだろう。それに、結婚するのはまだ先だろう……」

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