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第83話(第3章)

 彼の内部を蹂躙する準備を済ませると、ふと鏡に視線が流れた。潤んだ瞳が鏡越しに自分の姿を追っている。その瞳の中には、先程の深淵は無かった。一時でも彼の悩みを忘れさせる事に成功したらしい、有るのは快楽と欲情に満ちた眼差しだった。  彼の内部にそっと身体を進める。傷つけないようにそっと。かなり身体を重ねて来ていたので、そんなに苦痛では無いらしい。  彼の最も魂に近い場所……その場所を許されているのは自分1人だ。想いの丈を彼の身体に何度も彼にぶつけた。自分の神経が、いや、身体中で彼の存在を感じ、歓喜しているのが分かる。  流石に突き上げが激しくなると、声を殺すために片桐の指が自分の唇を塞ぐ。  この儘では彼の指が傷付く事を恐れて、指を外させ自分の手のひらを彼の唇に当てた。噛み付かない様に配慮しているのだろう。歯を立てる事も無く唇を自分の掌に押し付けた。  湿った吐息を掌に感じ、脊髄に電流が走った。  それでも必死に片桐は鏡を凝視している。まるで一瞬一瞬を見逃さない様に。  彼の白い肢体の震えの感覚が狭まって来た。しなやかな身体が耐え切れない様にたわむ。鏡に映った片桐の顔も耐え切れない様に、眉を顰めている。  一瞬、彼の身体が強張り絶頂の気配を感じた。片桐の内部も歓喜しているかの様に締め付けが益々強くなる。元々熱い部分の熱は我慢出来ない程に成っていた。  その熱に煽られて絶頂を極める。  その瞬間も彼の瞳は鏡越しに自分に向けられていた。  脱力した身体を片桐が抱き締めてくれた。背中に回った手が慈しむ様に背中を撫でる。唇を絡めると彼の方から舌を絡めて深い接吻をした。  彼の秘められた場所を、そして自分の唇で濡らした場所も、水道水で濡らした備え付けのタオルで清める。それから彼の放出した物も拭いてからタオルをざっと洗った。普段は洗濯をした事が無いがそれ位は見よう見まねで出来る。 「身体は辛くは無いか」  無粋な質問だったが、どうしても聞きたかった。 「……大丈夫だ」  余韻が残っているせいか、どこかぼんやりとした瞳で片桐は言った。その瞳は満足そうな光を宿している。  脱がした制服を着せてやると素直に感謝の言葉を口にする。 「まだ、屋敷に帰らなくても良いのか」  身繕いが終わってから尋ねた。片桐は腕時計で時間を確認している。 「ああ、まだ大丈夫だ」  そう言って上気した頬と唇で微笑んだ。  逢える時間は限られている。しかし、出来る限りの時間は一緒に居たかった。そうかと言ってこの教会も長い時間居てしまうと厄介かも知れない。お互い制服のままなので家族とたまに行くようなカフェ・インペリアルや精養軒の様な場所には行く事は出来ない。三越などの百貨店は母親に半ば強制的に連れられて行っているので店員に顔を覚えられている。彼らも商売なので顧客の秘密は厳守するだろうが、自分達の階級の人間が訪れているかも知れない。       自分達の事を誰も知らない場所……、そこで先程の言葉の意味を聞きたかった。

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