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第85話(第三章)
皆が景色に夢中になっているか、高さに驚いているので気兼ね無く会話が出来る。
「片桐、お前は祝福される関係が望み……か?」
そう切り出した。彼は一瞬瞳に複雑な色を浮かべたが、真摯な表情で言った。
「それは、多分三條君と華子の様にか……。あの二人なら何の問題も無く祝福されるだろうな。三條君の御家族の反応は分からないがオレの父母は一も二も無く賛成するだろうから。オレは……祝福される方を選ぼうとしたが、どうしても無理だった。晃彦の存在が一番大切だから。勿論露見すればそれで終わりだ。それは元より覚悟の上だ。どうなろうとも…例え勘当されたとしても文句は言わない」
静謐な瞳でそう言い切った。
自分も覚悟を決めて居る筈だったが、彼の覚悟の程は自分よりも上のようだった。思い当たる事があって、周囲の人々がこちらに注意を払ってないのを確かめてから囁いた。
「だから、行為の場所も…あそこだったのか」
「……ああ、全部見て置きたかった。晃彦の顔も表情も…そして網膜に焼き付けておきたかった。いつ露見するか分からない。だから」
ぽつりと話した。
だから個室ではなく、鏡の前での行為をせがんだ…と続けたかったのだろう。
「そうか」
ありきたりな返事しか出来なかった。
多分、片桐の暗い瞳は、喪失への予感なのだろう。景色に見入って居るふりをしながら、お互いの気配だけを感じていた。
どうすれば露見せずに居られるか。それが一番の重要事だった。
逢瀬に使う場所…今のところは、ニコライ堂が安心だとは言えるが度々訪れると矢張り不審を買うだろう。
自分の屋敷は両親が不在でもキヨやマサが目を光らせて居る。しかし、キヨとマサ、この二人はどちらも両親に多大な信頼を勝ち得て居るが、マサの方がどちらかと言えば重宝されている。キヨがそれに対して不満を持っているのではないかと、ふと思った。屋敷の中の事を良く把握しなければならない。今までは気に留める事などなかったが、秘密を持った以上は屋敷の中で自分の味方に着いて呉れる使用人を探さねばならない。
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