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第98話(第4章)

 五月なので寒いことはないだろうが、掛け布団を直してやり、髪の毛を梳いていた、起こさないようにそっと。  彼との一瞬一瞬が愛しかった。ずっとこのままでも良いと思った。  身体を繋げる快感も捨てがたかったが、こうして穏やかに流れる時間に二人きりで居るのも幸せだと感じていた。  外界からは隔絶された場所で二人きりで居る……そういう時間が図らずも持てた事は僥倖だと思った。気分が悪くなった彼には悪いと思うが。  髪を梳きながらじっと彼の顔を見ていた。  次の休み時間、三條は約束通り、二人分の鞄を持って来た。 「まだ、目覚めないのか」   眉間に皺を寄せて聞いた。 「ああ、かなり疲れている様だな」 「そうか……。華子嬢も心配していたが、やはり彼は屋敷で家長代理をソツ無くこなして居る上に、勉強も今まで通りしているそうだ。倒れない方が不思議かも知れないな。終業時間まで寝かせてやれよ」 「ああ、その積もりだ」 「これ以上の無理はさせるなよ」  意味深な笑みを浮かべて三條は立ち去った。  確かに彼の姿にどきりとした事は事実だが、彼の負担を考えると無体な事は出来ない。三條もそういう意味で言ったのだろうと思うと、いささか心外だった。 鞄を静かに室内に置き、彼の寝顔を飽かず眺めていた。    食事も満足に摂ってない彼に何を食べさせれば良いのだろうかと考えていた。精養軒で仏蘭西料理か…それとも伊豆栄での鰻料理か……ホテルは知人に出くわす可能性が高いのでやめておく。と言っても、ホテルに知人が来るとしたら、もっと後の時間の筈だ。帝国ホテルのグリルでも良いかと考えていた。  時計を見ると、終業時間10分前だった。教官に帰宅する旨を伝えようと、枕元に手帳を破った紙片を起き、教官室に行った。  自分も片桐も教官には好かれているので許可は直ぐに下りた。急いで部屋に戻ると、枕元の紙片はそのままで安らかな寝息を立てて片桐は眠っていた。起こす事は忍びなかったが、終業時間になると、級友達も帰宅するので騒がしくなる。  今のうちに下校した方が良さそうだと判断し、布団から出ている彼の手を強く握った。彼の目蓋がぴくっと動き、ゆるゆると目が開いた。自分の姿が目に映ったと同時に、彼が柔らかく微笑んだ。

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