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第101話(第4章)

 そうかと言って、強情な面も有る彼の事だ。今回の様に倒れなければ救護室には行かないだろうし、屋敷でも安眠出来ないと行って居た。  自分の屋敷は三日後で無ければ招く事は出来ない。また…三條に頼む事になりそうだ。三條なら二重の意味で頼みやすい。自分の親友であり、婚約式はまだだが内定している結婚相手の兄を粗略には扱わないだろう。  自分が付いて居れば仮眠くらいは出来るのではないかと思った。    そんな事を考えていると上野不忍池近くの「伊豆栄」に着いた。なるべく人目につかない座敷に上がる。本来なら学生の来る場所ではないが、店員は自分達の制服がどこのものかが分かったらしい。何も言わずに案内してくれた。 「三日後なのだが……」  辺りに人が居ないのを見計らって切り出した。 「夜、何時でも良い。時間が取れないか」 「何故、三日後なのだ」  片桐が不思議そうに言った。 「その日は宮城で晩餐会が有るのを知っているな」 「ああ、知っている。オレの家はこんな有様だから出席出来ないが」  正式な晩餐会は夫婦で行くものだ。確かに片桐家の現状からすると断るしかないだろう。 「主だった使用人も俺の父母に従って付いて行く、仮に付いていかなかったとしても準備疲れで自分の部屋に引き取るだろう。だから俺の屋敷に来る絶好の機会だ」 「しかし、晃彦付きの女中は関係ないだろう。傍に控えているはずだ」 「静さんという人を覚えているか」 「どんな人だ」 「没落した武士の妻だった人だ。その人がお前の事を知っていた」  片桐は、ああという顔をした。 「その人が今、俺の部屋付きなのだ。だから彼女なら信頼出来る。晩餐会の後も父上達は社交で忙しいはずだ。だから帰宅も遅い。だから来て、欲しい」  真率な口調で頼み込むと、片桐は笑顔で頷いた。 「ただ何時になるのかは分からない。それでもいいか」 「来てくれるのなら・・・…」 「オレだってお前に逢いたいのを我慢していた。だから行く」  その返事に安堵した。 「それにしても鰻が来るのが遅いな」  店内には鰻の焼く匂いが立ちこめ食欲を煽る。昼御飯を抜いたことも有ってかなり空腹だったことに今更、気付いた。 「『鰻は急かすな、焼きを入れるほど旨くなる』と言われている。だからもう少しの我慢だ」 「そうなのか」 「ああ、昔からの江戸っ子はそう言ったらしい」  彼が平民の暮らしを良く知っているのは知っていたが、これほどまでとは思わなかった。  鰻が来た。かなりの空腹を感じていたので、早い速度で食べた。片桐も自分に煽られたのか残さず平らげた。 「晃彦、あのご婦人はお前の知り合いか」

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