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第104話(第4章)
車が片桐の屋敷の近くに着いた。門まで行くと目立ってしまうので少し手前で停車してもらう。この辺りは邸宅ばかりが建って居るので人の往来はあまりない。特に黄昏時の今は、車が走り去ってしまうと誰も居なかった。塀と木立と門が続く薄暗い広い道が有るだけだ。
「時間、まだ大丈夫か」
車の中で寝たせいか少しぼんやりしている片桐に聞く。
「もう少しなら、平気だ」
自分とは違い、父が病気の間は家長代理をしていて忙しい片桐の事が気に掛かって仕様がない。
何も言わず重責と心痛に耐えている彼を見るのが辛かった。もう少し自分に甘えてくれればと思うが、そんな性格ではない事は知って居る。逆にそんな性格だからこそ特別な感情と関係を持ってしまった。守りたいという希望が心の底からわき上がって来る。
「少し、いいか」
そう言って手を繋ぎ、木立へ入る。そうすれば全く人目には付かない。
薄暗闇の中、片桐は懐かしそうに言った。
「ここは幼い頃、屋敷を抜け出して遊びに来た所だ。人が居ないのが新鮮だった。今となってみればこんなに小さい場所なのだな…。昔は森だと思っていた」
「身体が大きくなると、そう思うようになるからだろうな…。そんな思い出の場所に俺が一緒に居て良いのか」
木の中に入ったため、いっそう暗くなった。片桐の表情も見えなくなる。感じるのは繋いだ手の冷たさだけだった。
「晃彦となら、構わない」
その言葉を聞いた瞬間、鞄を落として両手で抱き締めた。
背中に回した手が、学生服の硬い感触と、その下に息づく熱い肌と骨の存在を感じる。彼も肩に頭を預けてくる。彼の重圧を救いたかったが、自分には抱き締めることしか出来ないのがもどかしかった。
片桐の唇を奪いたいと思った。その考えが伝わったかのように、彼が顔を上げたのが気配で分かった。
そっと唇を近づけた。
暫くの間、そうしていた。しかし、このままでは次の行為に進みたくなってしまう。今は彼の身体を慮って別れるべきだと理性が囁く。名残惜しげに唇を離した。
「三條には頼んでおくから、もし時間が有ったら明日、三條の屋敷まで来てくれ。今日は眠れると良いな」
そう言って片桐も落としていた鞄を取り上げて彼に渡した。自分の鞄を拾い上げようと手探りで探す。後ろを向いた瞬間に、今まで黙っていた片桐の両手が自分の背中に伸ばされた。驚いて振り向く。後ろから抱き締められた。
片桐の両腕が背中に回される。振り向くと、彼の顔が近付き彼の方から接吻してきた。
勢いがあったので、歯が当って痛かったが、薄暗い中で見る彼の顔は儚い表情を浮かべていた。唇を重ねた後、優しく舌で唇をなぞっていると、彼の唇が緩む。迎えられた様な気がして、舌で上顎を愛撫する。片桐はうっとりとされるがままに任せて居る。
背中に回された両手の力が強くなった。
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