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第105話(第4章)
たどたどしく彼の舌も自分の舌に絡めて来る。
唇だけで交わす愛の確認――それに酔いしれた。つかの間の逢瀬だと分かって居るので、唇で愛を交わす。
刹那の時間しかないので接吻は重厚になった。
鞄を放り出して、彼の細い肩を抱き締めた。運動神経には恵まれて居る彼だが、骨組みは華奢だ。肉付きも薄い。抱き締めると彼の熱い身体と、細い骨が愛しさを掻き立てる。清潔なシャボンの香りが立ち昇った。
名残惜しげに唇が離れると、接吻の激しさを物語るかの様に銀色の液体が二人を繋ぐ。
片桐は真剣な口調で呟いた。
「今日は有り難う。今まで幸せだった。晃彦とこうなった事は後悔しない」
どういう意味だ…と聞き返す時間もなく、彼は鞄を持って走り去った。
明日三條の屋敷で聞こうと思い、木立を後にして自分の屋敷に戻った。
屋敷の空気が何となくおかしい。女中達は別に普通に働いているが、マサなどの上級使用人や父母の様子に違和感を覚えた。
晩餐会の準備に追われているのかと思ったが、そんな雰囲気でも無い。
何か有ったのかと聞きかけたが、三人とも自分が話しかける雰囲気では無かった。
思考を切り替えて、三條の屋敷に電話した。
「片桐君の様子はどうだ?」
「ああ、だいぶ元気になった様だ。で、俺が看病で授業をサボった件は級友達にはどう説明している」
「救護室に誰も居なかったので、『たまたま』運んだお前が看病する羽目になったと説明してある。別に誰も不審には思わなかったようだ」
「そうか…彼は睡眠不足が祟った様だ。もし構わなければ、お前の屋敷の客用寝室で放課後仮眠を取らせてやってくれないか」
「ああ、それは全く構わない。うちでは僕の婚約者になる華子嬢の兄上だから歓迎されるだろう。明日からか」
「ああ、頼む。俺も付き沿う積もりだ」
「分かった。では放課後に客用寝室を用意させておく」
電話を切って一仕事終えた様な気がした。通常の事をして、その晩は早く寝台に入った。
しかし、父母とマサの態度が気になった。露見したのだろうかとの心配がわく。心配しているうちに眠りに落ちた。
片桐が苦悩している悪夢を見て、慌てて寝台から起き上がる。時刻を確かめると、そろそろ朝食の時間だった。昨日感じた、そこはかとない父母の態度の違和感を確かめる為に手早く身支度をし、早めに朝食用の部屋に行った。
テェブルに付いているのは両親だけだった。もちろんマサも控えている。
父に朝の挨拶をしてから聞いてみた。
「昨日は何かあったのでしょうか」
父は無言で母の方に視線を向けた。父上は屋敷ではあまりお話しにならない人だ。
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