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第107話(第4章)

 今日の彼は一時間しか時間が取れないようなので、休養第一にさせたいと決意した。  休み時間になると、片桐の席に寄って昨日の分のノォトを差し出してから三條の席へ行く。彼は自動車通学なので片桐も送って貰えないかと頼んだ。彼は快諾した。 「もう六月だな……今日は雨が降りそうだから、お前も一緒に乗っていかないか」  幸せそうな笑顔で申し出てくれた。 「有り難いが、あまり目立つ事はしたくない。彼はかなり疲れている様なので、彼だけ頼む」  そう言って授業を受けるため自分の席に戻った。  放課後、片桐は三條に誘われて、三條の自動車に乗って帰って行った。直ぐに追い付けるようにと、タクシーを使って三條邸まで急いだ。  三條邸に着くと、顔見知りの女中が「片桐様もいらしてらっしゃいます」と喜色満面で教えてくれた。もちろん知っていたが、笑顔を作り、礼を述べた。此処では未来の花嫁の兄に当る片桐は大歓迎らしい。大変喜ばしいことだと思った。  勝手知ったる三條の屋敷だ。彼の部屋に行くと、片桐は三條に英語の宿題を教えていた。  自分が入って来た事に二人同時に気付く。 「有り難う、後は自分でするから、客用寝室を用意してあるのでそちらへ案内するよ」  三條はこちらに会釈すると、片桐に言った。机に散乱していた辞書やノォトなどを片付けてから、使用人も呼ばず、自分で客用の部屋に二人を案内してくれた。  片桐は少し恥ずかしそうにうつむいたままだった。廊下を歩きながら他愛の無い話をした。客用の部屋の扉を開けて、二人を中に誘った。扉の向こうに三條は立ったままだった。 「では、ごゆっくり。ここには誰も近寄らせないから」  そう言って三條は客用の部屋の扉を静かに閉めた。  アールデコの部屋に二人きりになった。  三條邸の客用寝室も例に漏れず、寝台から浴室まで全て揃っている。三條が予め指示していたに違いない、バス・ロウブまで置いてあった。心遣いには感謝したが、面映さも覚えた。  片桐の様子は逆光になって居て窺えない。 「今日は一時間しか居る事が出来ないようだな。この後に何が有るのだ」 「父上の見舞いの為に元家臣達が上京して来る予定が有るので、その労いをしなければならない」  少し疲れた声で返答が有った。 「何人位だ」 「今日は五人だ。しかし一時よりは減った」 「……そうか。お前の家も家臣達に慕われているのだな」 「ああ、鉄道でも色々な種類があるので時間差は有る。それに家業の都合なども時間差は生じるのは仕方の無い事だから。ただ、帝都に住んでいる親戚筋は終わったからもう少しだ。四民平等の時代にもわざわざ見舞いに来て呉れる者たちを無碍には出来ないから」  片桐の言葉を聞きながらカーテンを閉めていった。 「そうだな……俺がお前でもそうするだろう。ただ、身体の事をもう少し考えろ。家長代理と学業の両立は難しいだろう……」

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