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第111話(第4章)最終話

「早く、彼を逃がさなければ」と思った瞬間、扉が開いた。ノックも掛け声もなしで、父母が怒りも露わに部屋に入って来た。  勿論、少しの時間の猶予はあったので、自分も片桐も着衣の乱れは直して居た。  母は、ロープ・デ・コルテの色の青に合わせたサファイヤのネックレスのように青褪めた顔をしていた。そして宝石のごとく冷たい声で詰問した、片桐に向かって。 「どうして、片桐伯爵のご嫡男が私共のお屋敷にいらっしゃるのでしょうか。我が加藤家と片桐家の関係をご存知ありませんの」 「存じております」  片桐は幾分顔を強張らせていたが冷静な口調で返事をした。 「違うのです。母上、父上、片桐君を呼んだのは私です。彼に罪は有りません」 「晃彦さんは黙っていらして。後でゆっくり御話ししましょう。 片桐家の子息に伺っておりますのよ」 「申し訳ございません。全てが私の短慮の致すところでございます。 私が勝手に訪問させて戴いて、こちらのお屋敷の方にご迷惑をお掛けいたしました」  深々とお辞儀をする片桐に、憤懣遣る方ないといった母の言葉が突き刺さる。 「確かに晃彦と級友であることは存じ上げています。ただ、親しくなろうとは僭越ではありませんの。そちらは幕府軍に組みしたお家柄。こちらは天皇陛下に御味方申し上げた家柄ですのよ。爵位が同じだから同格などとお考えにならない方が賢明ではありませんこと」 「仰る通りです」 「で、晃彦とはどのようなご関係なのかしら」 「ただの……級友です」 「それでは、何故この様な時間に家長の留守を狙って入り込んでいらしたのかしら」  自分が口を挟む暇が無い程、母の口調は切迫していた。 「……偶然です。伯爵夫人」 「まあぁ、都合のいい偶然も有ったものですわねぇ。それにただの級友ですって……」 「……」  彼は静謐な瞳をして母の言葉を待っていた。身体は硬くなっていたが。  おもむろに母は右を向いた。右側の部屋は現在空き部屋だ。 「マサ、出ていらっしゃい。片桐家の子息がお出でに成られてからの全てをお話しなさい」  空き部屋の筈の扉が開き、マサが出てきた。  では、マサは宮城には行かなかったのか。確かめなかった自分を悔やんだ。それに鍵の保管はマサの役目だ。空き部屋にずっと居て一部始終を見ていたに違いない。  思わず、片桐の顔を見た。彼は静かに佇み、諦念に満ちた瞳をしていた。 

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