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第113話(第5章)

 部屋で待っている間、今まで片桐が居た処に移動し、彼の面影を偲ぶ。別れ際に見せた一瞬の眼差しが脳裏を離れない。  潔さと決意を秘めた眼差しだった。恐らく彼は、遅かれ早かれこうなる事を予測していたのでは無いかと思われた。  彼は自分よりもきっと物事を悲観する性格だろう。逢えなく成る日が来る事を覚悟していた。だから自分と会う時は必死に瞳を開けて、自分との交情を記憶しようとしていたに違いない。  その潔さを見習いたいと思った。今までは両親に嘘を吐いて逢って来たが、これからは片桐を守る為だけに嘘を吐き、他の事は全て真実を告げようと決意した。片桐の愛情が自分の物に成るので有れば、自分はどうなっても構わないと思った。 暫くしてマサが声を掛けて来た。 「旦那様と奥様が御呼びで御座います。旦那様の応接室にお出でになるようにと」  扉を開けると彼女は普段と変わらない表情をしている。睨んでも彼女の表情は変わらない。忌忌しい思いを押し隠して返事をした。  応接室に入ると、両親は厳重な人払いをした。マサすらも退出して行った。  父母は安楽椅子に座っていたが、自分には座るようにとの指示が出なかったので立ったままだで居た。  父は葉巻をせわしなく吸い、長いまま水晶の灰皿に押し付けて消し、また新しい葉巻に火を点けていた。母は厳しい表情をしている。  おもむろに父が口を開いた。 「片桐家の子息とはどういう関係なのだ」 「……」  当たり障りの無い事を言う積もりは無かった。 「マサの報告通りなのか」 「……いえ、確かに今日の片桐君の行動はマサの報告通りですが、誘ったのは私です」  母は唇を動かしたが、唖然として声にはならないようだった。 「つまり、片桐の子息とお前とは不適切な関係に有る。そう判断しても構わないと言う積もりか」  点けたばかりの葉巻を消しかけた父はいらだたしげに言った。力が強すぎたのだろうが葉巻が折れた。 「はい、そうです。しかし、私が彼を誘った事からそういう関係に成りました。非は私に有ります。彼は私の誘いに乗って呉れただけで……私の熱意にほだされたのだと推測します」  母の金切り声と父の怒りに満ちた声が同時に響いた。 「晃彦さんは、片桐の息子に誑かされているだけですわ。彼は貴方を使って我が家に復讐をしたいだけに決まっていますわ。晃彦さんにはそれがお分かりにならないのですわ」 「加藤家嫡男として宿敵の家の人間と不適切な関係をこちらから持ちかけたなど言語道断だ。自覚に欠ける。これの言う様にお前は騙されたのだ」  二人の言葉で理解した。一方的に片桐を悪者にして、次期当主である自分の体面を守る積もりなのだろう。それだけは絶対にさせまい。片桐を全力で守ってみせる。

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