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第114話(第5章)

「御言葉を返すようですが、彼が能動的に自分に近付いて来たのでは有りません。私が彼に近付いたのです」  母の眉間に皺が寄った。 「ですから、それも片桐の息子の策略だと申して居るのですわ。どうか冷静に判断して下さるようにお願いしますわ、晃彦さん」 「いえ、二人の関係に置いては全ての事に私の意思が働いています。彼の落ち度は何も無い」  黙って聞いていた父がおもむろに口を開いた。 「まだそんな事を言っておるのか…晃彦は今日の件で頭に血が上っている様だな。頭を冷やすまで自室から出る事はおろか、学校への登校も禁止する。三條家の子息はどうやら、二人の関係を知っている節がある。彼とも話しはさせない事にするのでその積もりで居るように。  それから三條家の子息と家庭教師の先生は同じ人物だ。家庭教師も暫くは休みにし給え。  食事も部屋に運ばせる。自室から一歩も外に出る事を禁止する。  それでも頭が冷えない場合は、廃嫡して、弟の晃継に家を継がせる事にする。もちろん、片桐家には厳重な抗議の書簡をしたためる事にする」  家長の言葉は絶対だ。自分は明日から部屋で過ごす事になる。しかし、外部との連絡の取り方をゆっくり考えようと思った。 「分かりました。ただ、最後にお伺いしても宜しいですか」 「何でしょう、晃彦さん」 「何故、宮城の晩餐会がこんなにも早く終わったのですか」  母は顔を曇らして言った。 「陛下の御具合が思わしく御座いませんの。それで晩餐会は急遽中止になりましたのよ。お身体の弱くていらっしゃる陛下です。その場合は、どなたかの御屋敷で集まる事になっているのが通例ですが、今日ばかりはマサの報告が聞きたくて、晩餐会中止と伺って即刻帰邸しましたのよ」 「それは恐れ多い事ですね。では、マサは何故残らせたのですか」 「マサの従姉妹が晃彦様の物心付く頃に我が家で働いておりましたのよ。晃彦さんはご記憶にないとは思いますが、大変可愛がってましたわ。結婚して屋敷を辞してからも晃彦さんのご様子などをマサに聞いていたそうです。写真もマサは見せていたらしいです。そして、我が家の仇敵である片桐家の写真も、現在奉公に上がっている黒田様のご子息がお持ちで、『この人間が片桐家の子息だ』と直ぐに分かったらしいです。心当りはございませんか。その時の様子が大変仲睦ましげなご様子だったとマサに知らせが参ったのです。それをマサが報告し、私共は晃彦さんが留守中にどんな行動を取るかマサに探らせたという次第ですわ」  片桐家の人間に対する憎しみが我が家では此処まで深いものだと実感した。 もちろん片桐を諦める事など思いも寄らないが。 しかし、両親が帰邸しなければ、自分と片桐の情事の全てをマサに聞かれることになっていた。それだけが救いと言えば救いだった。

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