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第116話(第5章)

 三條と片桐の妹である華子嬢に手紙を書く為に机に向かう。  三條には殆どありのままを書いた。  華子嬢には、片桐君との付き合いが家族に知れて、今は片桐君にも連絡が取れない状態になりました。絢子様に連絡が取りたいのですが、こちらから連絡が取れないので、絢子様から連絡を戴ける様にお願いする事は可能でしょうか。  要約するとこのような手紙を書いた。  絢子様が動いて下されば、父母を筆頭に我が家の人間も前の今上陛下のゆかりでいらっしゃる絢子様からのご連絡が有ったら、居留守など使わないだろうとの目論みだった。  華族の上位に位置するのは天皇家ゆかりの人間なので、自分の家など目下もいいところだ。絢子様ほどのやんごとなき方からの連絡を無視する事は有り得ないだろう。    まんじりとも出来ない夜が明け、朝食の時間になった。勿論自分は、部屋に謹慎する様にと言われているので部屋からは出る事が出来ない。  今頃、片桐はどうして居るだろうかと不安が募る。思い詰めて居なければいいのだが…。  そんな事を考えて居ると、扉の向こうでマサの声がした。 「晃彦様、朝食をお持ち致しました」  急いで手紙を隠し、入るようにと促す。マサに先導されてシズさんが朝食一式を運んで来た。  どうやら、片桐との逢瀬の時に足止めをしようとしていたシズさんの事はあまり重要視されて居なかった様だ。  西洋式の食事を居間のテェブルに準備するシズさんの視線が妙に自分に向けられているのを感じた。視線を絡ませると、彼女は意味ありげに微笑み、目線をオムレットが載っている大きな皿に落とす。その動きを何回も繰り返している。  オムレットの載った皿の下には、飾り用の更に大きな皿が有った。そこを見て下さいという意味だろうと思い、マサの目を盗んで微かに頷いた。 「食事は1人で食べるので、退室して欲しい」  マサに命じると、彼女はしぶしぶといった様子でシズさんを促して部屋を出て行った。  食事には目もくれず、オムレットの皿を取り上げた。そこには綺麗な女文字が並んでいた。 (昨日の事は私の責任でも有ります。片桐様にも良くして戴いたので、どうか何でもお命じ下さいませ。幸い、晃彦様付きのお役目は外されませんでしたので、お掃除の時にでも承ります。僭越ながらご協力させて頂きます)  自分の身を案じるよりも自分や片桐の事を心配してくれる心遣いがとても嬉しかった。シズさんの身に類が及ばないように細心の注意を払う必要は感じたが、彼女は信頼に値する。  その上、流石は元武士階級の出自だ。字も綺麗に書いてある。女中の中には字は読めるが書けない人間も居る中で、彼女の字は――多分、彼女の母上にでも習ったのだろう――気品のある筆跡だった。  一筋の光明が見えて来た様な気がした。

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