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第120話(第5章)

「畏れ多くも陛下の御容態が回復なさったので、この間のお詫びを兼ねて内輪だけの晩餐会が宮城で催されます。その御招待状を戴く栄誉に恵まれました。ですから、当分はその準備をなさると思いますわ」  心底、安堵した。数日間は時間が稼げる。自分は謹慎している振りをして、信頼出来る人間だけで事態を改善するしかない。 「そうか、有り難う。下がってくれ」  命令口調で言った。マサには優しくする気には成れない。  宮城での非公式の晩餐会ともなると、何を着ていくべきかなど、出席者の間で相談する事も多い。特に女性の場合には皇后陛下のお召し物の色を調べ、重ならない様にするなど色々な気配りが必要だと以前三條だったかに聞いた事がある。そちらの方で父母は当分の間忙殺されるに違いない。  華子嬢が行動して呉れて、絢子様が動いて下されば良いがと切に願った。絢子様がどの程度まで御協力下さるのか、それも懸念されたが。  部屋に居ても落ち着かないが、部屋を出る事も出来ない。自分の蒔いた種では有るが、波紋の大きさには想像を絶していた。  今は、片桐をどうにかして救いたいが自分が行動出来ないのが苦しい。  時計ばかりを見ていた。針が進むのが遅く感じられてならない。  夕食の時間になった。マサに先導されてシズさんが食事を運んで来る。彼女の表情をちらりと窺うと明るい顔をしている。少しは心が軽くなった。  自分の視線を感じたのか、シズさんは意味ありげに肉の皿へと目を走らせた。視線だけで感謝の意を伝える。 「1人で食べたい。下がってくれ」  冷たい口調で命令した。  シズさんと話したかったが、彼女だけを置いてマサを下がらせる上手い口実が見つからなかった。シズさんと二人きりになる機会が増えれば、それだけ彼女にもマサの不審を被る切っ掛けとなるだろう。それに、マサに部屋をしげしげと観察されると掃除の行き届いていない事も気付かれる可能性も有る。 「承りました」  マサはやや切り口上で言い、シズさんと共に出て行った。  扉を閉めるや否や、肉の皿を取り上げた。下には封書は二つ有った。三條と華子嬢からの物だ。  華子嬢の手紙から開封する。 (兄の様子をずっと案じておりました。最近、少しは明るい顔をしておりましたが、二日前からはずっと塞ぎ込んで居りました。此の儘では神経衰弱に罹ってしまうのではないかと心配していたのですが、あらましは三條様から伺いました。詳しい事は分かりませんが、私の親友に頼んでみますわ。私よりももっと絢子様とはお親しいご関係でいらっしゃるので、きっと、絢子様も連絡を取って下さると思います。私も出来るだけ絢子様にお願い致します。取り急ぎ)  要約すればこの様な手紙だった。

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