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第121話(第5章)

 溜息が漏れた。二重の意味で、だったが。絢子様に働きかけてくれる華子嬢の気持ちは大変有り難い。その意味では安堵の吐息だったが、片桐の心痛が――華子嬢は普通の令嬢よりも敏い処が有るにせよ――そこまで重いとは。「神経衰弱」とまで表現される片桐の様子が筆舌に尽くしがたいほど心配だった。神経衰弱は病気だ。その為に自殺する人間も居る位なのだから…。一刻も早く彼を救い出さなくてはと思った。  次に三條の手紙を急いで開封した。 (登校して驚いた。お前が病欠で、片桐君は誰も寄せ付けない雰囲気だと思っていたら、静さんとか言うお前の使いがやって来た。それで全てが分かった。こちらも出来る限り動いてみるから短慮はよせ。華子嬢も心配している。二人で幸せになる事だけを考えろ。僕の方は心配無い。華子嬢との交際は至極順調だし、仮にこの件が公になっても華子嬢とは結婚する積もりだ。くれぐれも短慮は慎め。片桐君については僕の方でも様子をしっかり見て置くから)  彼らしい、気遣いに溢れた手紙だった。彼なら片桐の気持ちを少しは浮上させる事も出来るだろう。  自分はどうやら病気という事にされているらしい。両親は学校にそう報告するのだから世間にもそう報告するだろうと予測した。  二人にお礼と依頼の手紙を書いた後、ベランダへと出た。片桐が登ってきた木を眺めながら、片桐の苦悩をどうにかして紛らわせたいものだと思う。自分が行動出来なくなる事がこんなに辛いとは思ってもみなかった。  自分の部屋にも片桐は入ったが、それ以後の展開を思い出してしまうので、片桐の事を想うのはベランダの方が相応しいと思った。行儀悪く肘を付きながら片桐の屋敷の方向をずっと眺めていた。  自分の想いが少しでも彼に届く様に、少しでも彼の苦悩が晴れる様にと祈る気持ちだった。    朝が来て、無理やり朝食を摂った。その後、シズさんが掃除に来るのを待った。  彼女が一礼して入って来たのを見て、矢継ぎ早に質問する。  掃除をテキパキとこなしながら彼女は答えた。 「まず、片桐邸に参りました。丁度、華子様は学校から帰られたところでした。私の手紙をご覧になると、自室にお招きに下さり、お茶とお菓子を用意させると、電話室に赴かれました。その後、加藤様に宜しくと私の目の前で御手紙をお書きになられました。御親友に相談の電話をするので、『少しは安心してお待ちください。そしてこの方が持参される御手紙は私が受け取る事に致しますので直筆で大丈夫ですわ』と晃彦様にお伝え下さいとの事でございます。  その後三條邸に参りましたが、三條様は華子様からのご連絡を受けていらしたのでしょうか」   そこで彼女は少し腑に落ちない顔をした。 「ああ、あのお二人は内々の婚約者だ」  シズさんが知らなくても無理はない。まだ知っている人間の方が少ないだろう。

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