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第122話(第5章)

「さようでございましたか。ですからあんなにも早くご連絡出来たのですね。片桐様に良く似た可憐な令嬢で御座いますので、三條様とはお似合いですね。  そして、用意された手紙を渡して下さった上に、心づけまで戴きました。戴いて宜しいのでしょうか」  流石は三條だ。女中にもお金を渡すなど、咄嗟に出来る事では無い。と、同時に自分は何もしていない事に気付く。 「すまない。シズさんにはこれ程親身になって貰っているのに、気が回らなくて」  そう言ってお金を保存している鍵の掛かった引き出しを開きかける。 「その様なお気遣いは無用で御座います。私はただご恩返しをさせて戴いているだけで御座いますから」 「気持ちだけでも受け取って欲しい」  そう言って、彼女の心の負担にならない金額を考えた。それを夕食時に皿の下に忍ばせようと思った。 「はい、では、気持ちだけ有り難く承ります。三條様もお心当たりがお有りのようでした。『あまり心配するな』と伝えてくださいとの事」 「有り難う。今日も外出出来るだろうか」 「はい、実は叔母が病気になったので、夕方、見舞いに行くお許しをマサさんから戴きました」 「重ね重ねすまないが、今日も文使いを頼む」 「承知いたしました」  彼女が掃除を終えると手紙を渡す。彼女は丁重に受け取った。  ――片桐の精神状態が気掛かりでならない――  夕方、母が自室へやって来た。見られてはまずい手紙は鍵付きの引き出しに仕舞ってあるので心配無い。また説教か愚痴かと思ったが、其れにしては明るい顔をしている。 「晃彦さんも部屋に籠もってばかりだと気鬱ですわよね」  猫なで声に近い声を出す母に、今度は何を仰るのだろうかと身構えながら言った。 「ええ、しかし私の場合は自業自得ですから。学校を休む口実は何ですか」  知っていたが、敢えて尋ねた。 「お風邪をこじらせて……という事に致しましたのよ。それよりも、先ほど柳原伯爵からお電話が有りまして」  話の飛躍には少々驚いた。父母が社交界の交際範囲が広い事は知っている。柳原伯爵家とも付き合いがある事も。しかし、何故このような時に自慢話をするのかが分からなかった。  柳原伯爵家は三條家と同じく公家華族で、爵位は自分の家と同じだが、格が違う。 今上陛下の御生母の実家なのだ。先帝陛下は皇后陛下とのお子様には恵まれず、官女としてお仕えになられていた柳原家ご令嬢が寵愛を賜り、懐妊なされた。現在の国母でいらっしゃる方を出した家柄だ。 「柳原伯爵家と私とどの様な関係がありますか」  面識は辛うじてあるが、それ程記憶には無かった。親しく声を掛けられた事も無い。 「それですのよ。何故だか分かりませんが、是非近日中に晃彦さんをお屋敷にお招きしたいとの事です。お風邪は全快した事にしていらっしゃったら如何ですか。伯爵家には妙齢の御令嬢もいらっしゃいます」  息子が同性と不適切な関係に有るのは、周りに女性が居ない為と判断された様だった。事実ではないが。暗に見合いでも勧めようとしているのかと思った。

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