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第123話(第5章)

「しかし、私は父上のお怒りを買って謹慎中の身の上ですので」 「許可は戴いております。是非ご訪問なさるようにとのご命令ですわ」  母の声が次第に強張ってきた。これ以上心証を悪くしてはならないと判断する。 「分かりました。ご命令に従います」  内心、気は進まなかったが仕方が無い。柳原邸に伺おうと思った。 「そうですか。晃彦さんがその気になられて良かったですわ。  あくまで御内密にというお話しですので、お召し物も気を遣わずにいらして下さって結構だとのお話しです。制服でも構わないかと思いますわ。しかしそれでは失礼でしょうか」 「いえ、制服で結構です。車で参りますから」 「まぁぁ、本当に制服で宜しいの。それにお車でいらっしゃるの」  車で行くという事は、運転手の監視付きということだ。勝手な行動は出来ない。どうせ運転手にも何かしらの命令を出しているに違いない。今屋敷を抜け出してこれ以上の自由を拘束されては敵わない。案の定母の顔が喜色に輝く。 「はい。で、いつ伺えば宜しいのですか」  未知の屋敷を訪ねるのは、片桐の事で頭が一杯の今では余り歓迎出来ない。しかしこの位の妥協は必要だろう。 「柳原家では、可及的速やかにとの事ですのよ。明日にでも伺うと返事をして宜しいかしら」 「分かりました」  仕方なくそう言った。自分を過信するわけでは無いが、見合いだったら厄介だと思った。  自分は一体何をしているのだろうと自嘲する思いだった。  母が出て行ってから安楽椅子に座り込み考え込んだ。   今の自分は片桐の事しか考えられないが、両親がお見合いを想定している事は想像に難くない。先方に気に入られでもしたら、相当に厄介な事になる。礼を失する事なく、嫌われるしかないが相当難しい。それでもそうする他に道は無かった。  ただ、一つの救いが有るとすれば、柳原伯爵邸を訪問する事を許した父母の態度だ。  現在、廃嫡が決定されていたならば、父母は断るだろう。家格が違う家柄からの縁談は断るのは難しい上に、嫡男である自分に柳原伯爵は御令嬢とやらのお話――あくまでも父母の誤解でなかったらだが――を持って来た筈だ。廃嫡した華族男子に娘を嫁がせるような奇特な華族はそうは居ないだろう。しかも柳原伯爵は格上の御家柄だ。  自分の事は謹慎させて様子見と言ったところだろうか。  片桐への愛が得られるならば、別に華族の称号は欲しくは無かったが、今の状況ではまだ、屋敷に居る他は無い。高校は今から休み続けても単位は充分取って有る上、欠席日数も足りているので卒業は出来る。問題はその後だ。  廃嫡されても、生活をするにはやはり大学を出ていた方が望ましい。片桐がどういう選択をするのかは分からないが、彼も廃嫡覚悟の様だ。そうなれば矢張り帝大を出て丸の内の企業に就職をしなければ、生活出来ないだろう。帝大に入ってからは自分が苦学生となって働く分には構わないが、それまでは住む場所が無い。高校を卒業するまでは、この屋敷に留まる他は無かった。

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