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第124話(第5章)

 しかし、柳原伯爵の令嬢とお見合いをしてしまうのも考え物だった。一回で気に入られてしまったら両親は是非ともこの話を進めようとするだろうし、今以上の抵抗が必要だ。  気に入られない様にしなければ…と思った。    片桐の笑顔が見たいと痛切に思った。あの笑顔があれば自分は何でも出来るだろう。片桐と引き離された時に彼が見せたあのような瞳は、二度と見たくはない。出来るなら自分の傍で笑っていて欲しかった、永遠に。彼には悄然とした態度は似合わないし、させたくない。  そのためには、今自分が出来る事を一つずつ片付けて行く事だと自分に言い聞かせた。  彼は今、何を考えているのだろうか。そして、自分との未来を考えて居てくれるのだろうかと思った。  潔い彼の事だ。自責の念に駆られては居ないかと案じられた。自分を責めて神経衰弱に罹る前に、問題を解決しなければと切実に思った。  シズさんは片桐邸と三條邸に行って貰っている。彼女の持ち帰って来る筈の手紙を早く読みたかった。  絢子様は果たして動いて下さるのだろうか。そればかりが案じられる。最も影響力の有るお方と言えば、あの方だけなのだから。  シズさんが帰って来るのを待つしか無い。三條や華子嬢の手紙を早く読みたかった。焦燥感を紛らわせる為に勉強をしようと思ったが、得意な幾何の問題もケアレスミスばかりをしてしまう。教本を無意味に捲りながら片桐の事を考えて居た。彼の精神状態を知る為には華子嬢だけが頼りだ。  しかし、彼女も伯爵家令嬢であるので、不用意な外出は出来ない筈だ。手紙では限界があるので直接会って片桐の様子を知りたかった。  待ち兼ねていた時に、控えめな様子で扉を叩く音がした。この音はシズさんだろうと見当を付け、扉を開ける。矢張りシズさんが立って居た。左右を見回し、他の人間が居ないのを確かめて部屋に入って貰った。 「この様な時間に申し訳御座いません。ただ、華子様が早くお知らせして欲しいと仰いましたので、人目を忍んで参りました。三條様の御手紙もお預かり致しております」 「シズさんに迷惑が掛からなければ、どんな時間でも構わない。早速手紙を読みたいのだが」  急いで言うと彼女は丁寧に袱紗に包んだ手紙を二通差し出した。 「それでは、他の使用人の手前も御座いますので、失礼させて頂きます」  微笑を浮かべて彼女は部屋から出て行った。多分、マサから何かしらの注意を受けているのだろう。その点はシズさんに申し訳なく思った。  最近の自分はマサに強く当って居る事は自覚していたので自業自得だ。  袱紗を解く時間も惜しんで、手紙を取り出す。

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