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第127話(第5章)

 一礼し部屋を出て、使用人に案内されている間にそう考える。華族の令嬢と二人きりになると言う事は、そういう事なのだろう。  絶対に気に入られないようにしなければと思った。  令嬢の部屋の応接室に案内され、深呼吸をしてから扉を叩く。  中からお出ましになられたのは、季節に相応しい薄い赤色の紫陽花を描いた京友禅をまとった方だった。目の形は先帝の皇后陛下のような切れ長の目ではなく、今上陛下の皇后を偲ばせる、澄んだ大きな瞳の美人だった。どこか舶来の猫を連想させる瞳の小柄で華奢なお方だった。  入室の許可を得て、応接室に入った。 「わたくしは、柳原鈴子と申します。お目にかかる機会は御座いましたが、お話しするのは初めてですわね。わたくし楽しみにしていました」 「加藤晃彦です。御着物『は』、お綺麗ですね」  鈴子嬢も綺麗だったが、それには敢えて言及しない。相手にうっかり気に入られでもしたら大変だ。 「お褒め戴いて有り難う御座います。加藤様にそう仰って戴けるのは光栄ですわ」  話しの流れからすると、鈴子嬢は自分に好意をお持ちの様だ。それは有り難い事ではあるが、今の自分には迷惑でしかない。 「加賀友禅ですね」  母は洋装も好むが和服も着る。京友禅と加賀友禅の違いは知っている。 「いいえ、京のですわ」 「そうですか。私はあまり詳しくはないもので失礼しました」  無表情に答えた。  彼女は、気を悪くした風も無く、おっとりと微笑んだ。 「わたくしの自室へいらして下さいませんか」 「それは余りにも畏れ多い事なので、ご遠慮致します」  自室に入って仕舞えば、取り返しが付かない事になると思い、謝絶する。 「是非いらして下さい」  彼女が大きな瞳で懇願する様に言い、席を立った。矢張り、高貴な猫を連想させる瞳だった。しぶしぶ彼女の後に続く。  彼女が自室の扉を開いた瞬間、意外さの余り目を見開いた。  どうして此処に……。 「お久しぶりですわね、加藤様。御機嫌よう」  鈴子嬢の自室には華子嬢も居た。彼女が微笑みかけてくる。片桐に良く似た面差しに片桐が偲ばれる。 「貴女が何故このお屋敷に」  てっきり見合いをさせられるものだと思っていたので、意外だった。  鈴子嬢が、着物に合わせた淡い紫陽花色のリボンで三つ編みにした髪を揺らせて笑いながら説明して下さった。 「わたくしは、華子さんとは御親友ですのよ。時々は片桐家にも訪問致しますの。それが縁で華子様の兄上とも話す機会が有りますの。  あの方はとても素晴らしい御方で、わたくしの憧れの御方なのですわ。加藤様と片桐様の仲が宜しいと伺っておりましたが、今回何やら不都合が有った御様子なのは存じております。  それで華子さんから御相談を受けまして、父にお願いしたのですわ。両家の確執はわたくしも存じて居りますし、御協力するにはこの方法しかなかったのです」  少々すまなそうな様子で説明して下さった。

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