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第133話(第5章)
片桐家では、当主代理をしている片桐の部屋には監視は付いていないだろう。父母が抗議の手紙を出すのは宮城での晩餐会以後だ。宮城の晩餐会は他の華族の晩餐会と違って気の遣い方も違う筈だ。翌日はのんびり過ごされるだろう。書くとすれば、晩餐会の翌日では無く、その次の日だろうと思った。
それまでには、華子嬢や柳原鈴子嬢も何らかの動きをし、どの程度かは未知数だが収穫が上がっているのではないかと予想した。
早く片桐の顔が見たい。自分の顔を見て、彼に安心を与えたい。切実にそう思った。三條からの手紙、「片桐君と少し話したが、お前の事を話した時だけは少し顔が明るくなった」と書いてあるからには、片桐は自分に失望しているわけではない事に安堵していた。
一番の恐怖、それは彼の愛を失う事だったからだ。
彼の瞳に映った自分の顔が切実に見たい。
夕食を食べ、日課になってしまったベランダでの考え事をした。今までは屋敷を抜け出す事など考えになかったので、部屋の周囲の監視は有るかなどは考慮の外だった。
しかし、今は状況が違う。人の気配が有るかどうかを敏感に感じ取ろうとした。学校にも行って居ない今、自由になる時間は充分に有る。今日と明日は夜の自分の部屋付近に近付く者が居ないかどうかを調べるには勿怪の幸いだ。
部屋の電気を消し、寝た風を装ってベランダに居た。部屋の外にはシズさんに予め注意を払って貰って居る。
ベランダに佇んで人の気配がしないかどうか注意を払っていたが、幸いにもそのような様子は無かった。これならば屋敷を抜け出したとしても露見はしまい。
そうなると、やはり考えてしまうのは片桐の事だ。
以前、神経が緊張すると寝る事が出来ないと聞いた。今もきっとそうなのだろう。しかも食事もしないと華子嬢は言って居た。
滋養の有る物を食べさせたいが、問題は方法だ。自分が用意させるのは簡単だが、持ち運びの事を考えると、それも出来ない。シズさんに頼もうかと一瞬思ったが、彼女は台所の女中ではない。彼女が外に出掛ける時は三條や華子嬢への文遣いの時だけだ。その時に買って来て貰うとなると彼女の時間がもっと割かれる。そうなるとマサから目を付けられる可能性が増す恐れが有る。これ以上、彼女には負担を掛けさせられない。
華子嬢に依頼するのが最上ではないかと判断した。そして、片桐の母が宮城に招待されているかどうかも確かめる必要が有る。
もう午前三時を回って居たが、机に向かいこっそりと華子嬢へ手紙を書いた。追記として明日シズさんに届けて貰うのが良いだろうと思った。
以前、片桐は自分が居たら眠る事が出来ると言って居た。ならば自分が食べさせれば食事が進むのではないかと一縷の望みを繋いで居た。
食事も睡眠も出来ない有様の片桐など見たくは無かった。何とかして彼に平安を取り戻させたいと切実に願って居た。全ては自分が引き起こした事なのだから。
責任を取りたいのではなく、彼への愛情故にそう思う。
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