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第137話(第6章)

 絢子様は優雅に微笑んで仰った。 「それは良いお考えですわね。わたくしもその方法しか無いと思っておりましたの。では早速女官に御都合をお聞きした上でわたくしからお願い致します」 「御助力戴けるのですか」  余りの即断即決に、失礼を承知で聞き返してしまった。 「勿論ですわ。御味方するといつかの園遊会で申し上げましたでしょう。大袈裟な言葉で申しますなら『綸言汗の如し』でございますわ。皇后陛下は御賢明な上に、想像力もお持ちの御方で御座います。きっと御助力を賜れます」  緊張が一気に緩むのを感じた。やはり、皇后陛下のお人柄は自分達の階級の者に伝わる噂話に間違いは無かった様だ。  冷めた珈琲を飲む。カップは桃色の薔薇の花柄がついた舶来品だった。喉が渇いて居た事に初めて気付いた。それ程、緊張していたという事だろう。  同じように絢子様も珈琲茶碗を口元に運ばれる。その仕草が誰にも真似は出来ないと思わせるほど上品でゆかしい。 「わたくしが、皇后陛下に申し上げると、両家の確執は取り除く事は出来ますか」  此処まで親身に御心配して下さる御方には、正直に申し上げるしか無かった。 「……それは、難しいかと」 「そうでしょうね。その辺りのご事情も含めて皇后陛下に申し上げます。それはそうといつぞやの園遊会の後は、お二人のお仲は宜しくっていらっしゃるの」  ふっと口元を緩めて無邪気にお聞きになる。 「仲は良いと思います。皇后陛下は御力添えして下さるのでしょうか」 「まあ、余程、御心配のようですね。その点は恐らく大丈夫かと思いますわ。臣民の事を我が身のように親身になりになってお考えになる誠に優れた御人柄でいらっしゃいます」 「では、片桐家の方も」  珈琲の味がやっと分かる様になってきた。香ばしい味のする良い珈琲だった。 「ええ、皇后陛下の御内示に背くとは考えられませんし、万が一そのような事がありましたら、陛下にお願いいたしますわ」  何でもない事の様に仰ったのには唖然とした。 「御宸襟を煩わせるなど、考えが及ばない程畏れ多い事です」  驚きの余り、珈琲茶碗を落としそうになる 「まあ、何を仰るかと思えば…皇后陛下にお願いするのも充分畏れ多い事ではありませんの」  絢子様は笑って仰った。 「それは……そうですが……」 「実はわたくし、幼い頃陛下と良く遊びましたのよ。今となっては畏れ多い事ではありますが、その頃はわたくしが陛下を格下の様にして遊びました。その頃からの癖とでも申しましょうか、今でも陛下はわたくしには頭が上がらない所が御座いますのよ」  どこか悪戯っ子の様な瞳でこちらを御覧になった。  しかし、絢子様のこの御気性を考えると昔はそうだったに違いないと思わせるものが有る。誠に畏れ多い事ではあるが。  この国で、しかも自分の様な身分の人間はより一層のことだが、陛下の御意向に逆らえる者は存在しない。いらっしゃるとすれば、山県有朋公爵ただ御1人だ。幸いな事に両親は公と面識は有るようだが親しいと聞いた覚えは無い。

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