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第139話(第6章)

「華子様お付の者か」  そう尋ねると、彼女は安心したように笑って会釈した。 「こちらへ」  小さな声で先導して呉れる。裏庭を通り、人の気配がしない場所を選んで歩いているらしく、自分1人では道が分からない。華子嬢の心遣いに感謝をした。  屋敷に入ると、彼女は済まなそうな顔つきで言った。 「申し訳有りませんが、使用人が使う階段しか今は人目に付きますので」 「ああ、それは全く構わない」  階段を上り、見覚えの有る片桐の部屋の前に出た。鼓動が早くなる。  左右を見渡すが誰も居ない。扉の隅には食事を載せた台が有った。 「失礼します」 「1人にしておいて呉れないか」  彼の声が聞こえた。何時もの彼の声とは違って妙に暗く沈んだ声だった。  女中をそっと押しのけて部屋に入った。  1人で室内に入った。真っ先に目に飛び込んで来たのはやはり、彼だった。  彼の綺麗な目が自分を映している。それだけで幸せな気分になった。  安楽椅子に座り込んでいた彼は、自分の姿を認めると、一瞬、信じられない者を見た様な表情をした。  やはり、自分に愛想を尽かしたのだろうかと胸が冷える。 「……晃彦か…・・・」  声が震えている。 「ああ、お前に逢いたくて忍んで来た。迷惑ならば…すぐ帰るが」  彼が立ち上がった拍子に目眩でも起こしたのだろう――ずっと食事を摂っていないのだから無理はない――彼の身体がゆらりと傾ぐ。慌てて身体を支えると、以前よりも肉付きが薄くなって居る事に気付く。  顔を近づけてみた、嫌がられるかもしれないとの覚悟を込めて。  彼は儚げな微笑を浮かべ、抱き締め返して来た。 「もう、永遠に逢えないと……そう…・・・覚悟していたから、夢か幻かと思った」  立ったまま肩口に唇を押し当てて彼は言った。 「華子嬢や三條からお前の様子を聞いて、矢も盾もたまらなくなった。お前に逢いたいと、それがどれほど俺の立場を悪くしたとしても…逢わずにはいられなかった」  背中を撫でながら話す。肉付きが薄くなったせいで背骨を感じ取れるようになったのがとても不本意だった。  しかし、それは自分のせいだったのだが。 「オレだって晃彦に逢いたかった。ふと、まどろんだ時、晃彦が夢の中に出て来る事も良く有って、とても幸せだった。実は今日も夢だろうと思って居た」  その言葉を聞くや否や、彼の唇に接吻した。ほんのついばむだけの接吻。 「これで、夢や幻ではないことが分かっただろう」 「ああ、良く分かった」  そう言いながらも片桐の抱き締める左手の強さは強くなった。肩甲骨の辺りに手を置いているのだが、体力はそう落ちてはいないのだろうか……。  接吻をねだって居る時の彼の癖、右手を唇に寄せていた。  もう一度、濃厚な接吻を交わしてから、名残惜しげに身体を離した。

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