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第140話(第6章)

 片桐は少し不本意そうだ。   しかし、ここに忍んで来た目標を忘れてはならない。 「華子嬢から聞いた。お前、食事を摂る事が出来ないそうだな」  数瞬の間沈黙が辺りに漂う。 「……。ああ、どうしても食べる事が出来ない。口に運ぼうとする気力が湧いて来ない。身体に毒だとは分かっているのだが」 「お前、以前俺の前では良く眠れると言っていたが、食事はどうだろうか」 「晃彦が来てくれたせいで、少しは気分も軽くなった。もしかしたら食べる事が出来るかも知れない」  考えながら片桐は言った。  部屋の外に食事の用意が有る事は見極めて有った。早速部屋の扉を薄めに開けて辺りに人影が居ないのを見澄まして、食事を室内に運んだ。  彼が食べてくれればいいのだが。  彼の心持ち小さな応接室で向かい合って食事を取った。   夕食用に用意された物は華子嬢の気遣いからか二人分だった。自分が夕食を摂らずに屋敷を抜け出すだろう事への配慮だろう。彼女の相手に対する細やかな気遣いは賞賛に値する。  彼女を妻に出来る三條は果報者だと思った。本来ならば、内内とは言え婚約者なのだから三條と共に宮城での晩餐会に出席しても何ら差し支えが無かった筈だ。この行事は大変名誉な事なので喜ぶ人間の方がこの世界には多い。それにも関わらず、彼女は兄が心配だからと屋敷に残って呉れた。しかも、自分は表に出ず――きっと何か不測の事態でも起これば彼女は母親代理を務めて呉れるのだろう――片桐の母は、看病担当の使用人や出入りの医師が行うとは言え、病床に付いている筈なのだから、言わば片桐と同じ様に、この屋敷を守っているのだろう。  片桐と華子嬢は似ているが、片桐の方が意外と精神に脆いところが有る。――そうでなければ、片桐にこんな感情を抱かなかったかもしれないが――  玉蜀黍のソップやオムレットやステーキ……そして片桐に配慮したのか、お粥や出し巻き卵などが並んでいた  和食と洋食の混じった香りが部屋中に立ちこめる。  片桐は、箸を取り出し巻き卵を切ったものの、口に運ぶ事は無かった。 (やはり深刻だ)  内心溜息を吐いた。  自分の分の出し巻き卵を箸で切って、彼の口元に持って行く。  真っ先に箸を付けるくらいなので嫌いなものではないはずだ。  尤も自分達には嫌いな物を作らせないような躾はされてはいるが。

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