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第141話(第6章)

 片桐は反射的に口を開き、差し出された物を口の中に入れた。 「良く噛んで食べろ」  食べている最中に言葉を発してはいけないのがマナァだ。片桐は頷き、ゆっくりと咀嚼してから白皙の顔を少し紅くして抗議した。 「こんな扱いを受けたのは初めてだ。食事くらい自分で食べられる」  やっと、本来の彼らしさがほんの少し戻って来た様で嬉しかった。 「そうか。ならば自分で食べてくれ。俺はお前に口移しでも食べて貰いたいと思って居る」  強がっても、今まで食物を受け付けて居なかった片桐は、やはり箸やスプーンが止まる。その度ごとに、自分の箸やスプーンで食物を彼の口に運んだ。  一番滋養になるものは……と乏しい知識で考えたが、ステーキだろう。しかし、片桐はずっと食事をしていないと聞いている。そんな人間にステーキを食べさせて良いものなのだろうかと考えた。片桐の胃の負担に成らなければ良いと判断し、自分が咀嚼した牛肉を口腔に入れて、片桐に近付いた。  怪訝そうに顔を上げる片桐の唇を開かせ、肉を舌で押し込んだ。  片桐は心持ち頬を上気させ、牛肉を飲み込んだ。 喉の動きが艶かしい。その動きに見入っていると、どんな口調で話したらいいのか分からないと言いたげな抗議の言葉が聞こえた。 「だから、自分で食べられると……」 「しかし、一番滋養の有る牛肉は手を付けてなかった」  痛い所を突かれたかのように片桐は黙り込む。  自分の分の夕食を終えて、片桐の分を見るとそれなりには食べている様だった。  ――あまり大量の食物を胃に入れるのも良くない――  そう判断し、自分の椅子を立ち、片桐の横に座った。彼ももう食事をする気にはなれないらしい。  それよりも、食事中、ずっと気に掛かっていた事がある。 「お前、いつからだ、その手の震え」  箸やフォークを持つ時以外ずっと両手の指が震えて居た。それも、緊張で手が震えるという程度のものでは無い。 「ああ、これか……あの晩からだ」  そう言って、片桐はキリスト教徒の祈りの形に自分の両手を組み合わせた。そうすると少しはましにはなったが、指全部が小刻みに震えて居る。  ――あの晩…というと屋敷から追い出された日からか――  自分の両手を片桐の両手に重ねる。片桐が自分の肩に頭を凭せかけてきた。  二人してじっとしていると、徐々に片桐の手の震えは治まって来た。 「ほら、もう大丈夫だ。これからは……」  顔を覗き込むと、青い顔に脂汗が滴っていた。

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