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第142話(第6章)

「大丈夫か」 「多分貧血だ。医師が言っていた。食物を大量に食べたらこうなると」  片桐の寝室は知っているので予め扉を開け、電灯を着けて内部の様子を見た。女中の手で綺麗に寝台が片付けられて居た。  抱き上げて寝室まで運ぶ。扉を開けたままにしておいたのはそのせいだ。自分1人では片桐を横抱きにしたまま、扉は開けることが出来ない。  華子嬢の厳命でもあったのだろうか片桐の部屋には使用人が来ない。それは有り難いことだった。抱き上げると、以前学校で抱き上げた事を思い出す。それよりも軽くなっている事に、今更ながら自責の念に駆られる。  ベッドに片桐を下ろすと、勢い余って自分もベッドに倒れこんだ。片桐の顔色を良く見ようと顔を近づけた。すると、片桐は瞳を閉じて、右手を唇に当てた。この動作が何を求めているか充分過ぎる程知っている。  彼の唇を恭しく吸い上げてから、唇の合わせ目から舌を忍び込ませる。彼も同じく舌を絡ませて来る。歯列をなぞり、上顎を愛撫してから名残惜しげに唇を離した。  改めて彼の顔を見ると、青い顔をしていたが脂汗は治まっていた。片桐は部屋着とはいえ、平民階級から見れば外出着に相当するものを身に着けている。  ベルトが一番身体を締め付けるだろうと外した。そして、再び片桐の顔を覗き込んだ。  やつれていないか確かめるために。  すると、片桐は、首を持ち上げ耳元で囁いてくれた。 「しないのか」  彼の瞳が物問いたげに揺れていた。  勿論下心は有ったが、相手は病人だ。  同じ様に耳元で囁く。 「お前が元気になれば、喜んで……」  髪を梳きながら、囁くように言った。 「華子嬢や三條、そして柳原嬢まで心配している。全ては俺のせいだが・・・…」 「いや、晃彦のせいでは無い。元々手に入らないと思っていた晃彦と、このような関係になれて、嬉しかった。  しかし、この恋は危険が高い事も承知の上だったから、遠くない内に露見してしまうのは分かっていた。だから晃彦のせいでは断じて無い。良い思い出が出来たと思う事にしようと自分に言い聞かせて居る。元々オレはこの家の長男として生まれて来ただけで嫡子として育てられて来たが、この世界は馴染めなかった。市井の人として普通の人生……と言っても明日の食事に困るような暮らしは想像出来ないが、大学を出て、丸の内に勤める平民になりたいと思って来た」 「だから、父上にあのような手紙を……」

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