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第144話(第6章)
「謹慎中に手を回して宮城にいらっしゃる絢子様と御面会が叶った。あの御方は『何とか致します』と確約して下さった」
もっと詳しい事を話したかったが皇后陛下との件はどの様になるか全く予測出来ない。こんな様子の片桐に未確定な事を言ってしまい、希望を持たせるのは残酷だと判断した。
「そうか……絢子様……が、……そのような御言葉を…」
「だから希望を捨てずに待って居るのだ。俺はお前を諦める気には到底成れない」
少し考えてから片桐は言った。
「柳原嬢は皇族の縁が深い方だ。そこから御話を回して貰ったのか」
体調が悪いとはいえ、判断力まで衰えてはいないらしい。
「その通りだ」
「しかし、絢子様の御威光をもってしても、両家の確執は無くならないだろうな」
背中を優しく撫でながら言った。
「そうだな」
「先程は心残りが無いと言ったが……、一つだけ有る」
少し眠そうな顔で囁くように片桐は続けた。
「晃彦とこうして居たい。これからも……ずっと……」
「もし、俺の考えが上手く運ばなかったら、潔く二人して廃嫡にしてもらい帝大に通って丸の内の企業に勤めよう。そして、ずっと二人で居よう。今、家出するのは簡単だがお互い学生の身分だ。大学入学までは何とか踏みとどまろう」
「ああ、そうだ……な」
語尾が曖昧になったのを不思議に思って覗き込むと最後に彼は眠りについていた。
柱時計に目を遣ると、9時だった。まだ両親は屋敷に戻って居ないだろう。宮城の晩餐会は正式な仏蘭西料理が振舞われると聞いたことが有る。この食事は時間が掛かる上に、その後は自分の使用人探しをしたり、気の合った人間の屋敷で気兼ねなく寛いだりする事もあると聞いている。彼が熟睡しているのを確かめ、そっと寝台を降りた。
10時までは大丈夫だと判断し、部屋の電灯を消し、珍しく晴れた梅雨の一日の置き土産とも思えるような満月の光の下で愛しい彼の安らかな寝顔をずっと見ていた。
彼の憔悴ぶりを物語るかのように、頬の肉も薄くなって居る。もう少し早く忍んで来ていたら……と自責の念に駆られた。
それにしても、絢子様は皇后陛下にどのように仰られる御積りなのか。そして、自分達二人は引き離される事は本当にないのだろうか……。
この状態の片桐をこのままにしてはいけない……そう痛切に思った。
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