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第145話(第6章)

 片桐がずっと一緒に居て欲しいと囁く様に言った言葉…自分も同じ思いであるが故に一層切なさが募る。  本当にずっと一緒に居られるのだろうか。皇后陛下が絢子様の御意向を御汲みになられて、何らかの働きかけを両家になさった場合でも、両家の両親は自分達が同性であるという事以上に、家の確執を盾に二人を引き裂く可能性が絶無であるとは言えない。  片桐への恋情が益々高まる今、いっそのこと屋敷の財産を持って駆け落ちしようか…とまで思ったが、それには危険が高すぎる上に、財産が無くなれば収入の道も途絶える。  謹慎中に散々考えた事ではあったが、大学までは卒業し――片桐も爵位には拘って居ない――二人で平民の勤め人として働こうかと思った。大学に入ってしまえば、嫡子を返上し、苦学生となっても生きていけるのではないかと思った。片桐も同じ様な事を言って呉れた今、それでもいいと決意した。廃嫡され、勘当されても片桐さえ居れば、自分は満足なのだから。  その時、微かに扉を叩く音が聞こえた。たった一回だけ、微かに。  そっと立ち上がって、寝室を出て扉をそっと閉めた、扉の外の気配に耳を澄ませる。もう一度、小さく扉を叩く音がした。 「華子でございます。入っても構わないでしょうか」  確かに華子嬢の声だった。寝室で眠っている片桐を起こさない様に、そっと扉を開ける。 「こんばんは、加藤様。兄の具合が心配でわたくし、居ても立ってもいられなくて」  人差し指で彼女の言葉を制止した後、彼女を部屋に入れ、扉の近くで声を忍ばせて話した。 「片桐君は今、眠っています」 驚いた様に目を見開いた彼女は室内の様子が目に入ったらしい。 「御食事も……お兄様が召し上がったのでございますか」 「はい。私の分まで用意して頂いて有り難うございます。私の分は私が食べましたが、後は殆ど彼が…」  彼女の顔に喜びの色が走った。 「そうでございますの。やはり、加藤様の御力ですわね。わたくしども家族の者が幾ら申し上げても食事召し上がって下さいませんし」  そう言って、彼女は物音を立てないように静かに寝室の扉を開く。そしてすぐにそっと閉めた。 「本当ですわ。いつもなら寝室の扉が開く音にも目を覚ます兄ですのよ。今日は良くお休みの様でわたくし安堵いたしました。やはり、兄には加藤様が必要なのですわ」 「これからどのような事になるのか分かりませんが、出来る限り、彼の傍に付いていたいと思っています」  彼女は優雅に一礼した 「宜しくお願い致します」 と言った後で、口調が変わり慌てたように、「三條様からお電話が参りました。『宮城での晩餐会が終ったと伝えて欲しい』と仰っていました。」  宮城での晩餐会が終れば、最悪の場合、父母が真っ直ぐ屋敷に戻る可能性も否定出来ない。このところ、自分への監視の目も緩んだのでどこか知り合いの屋敷にでも寄るかも知れないが、最悪の事態を想定すると、自分は急いで屋敷に戻った方が良い。 「分かりました。片桐君の寝顔をもう一度拝見してから戻ります」

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