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第147話(第6章)

 迂闊だった……片桐家への抗議の手紙は宮城の晩餐会の後だと予測していたにも関わらず、父母がこれ程までに早く動くとは。 早く片桐家との決別を付けて、自分の縁談を早く進める積もりかと頭の一部で判断していた。  片桐の穏やかな顔が切実に見たかった。 「シズさん、その手紙は明日片桐邸に届けられるのだろうか」  眉間に皺が寄るのが分かる。 「旦那様はその御積りかと思われます」  彼女も心配そうに、そして何かを考える様にして返事をした。 「ただ、御家令様は、最近物忘れが多くなっておりますわ」  自分の周りにはあまり出て来ないので忘れていたが、彼は幕府時代から我が家に仕えている。そう考えるとかなりの老齢だ。 「つまり、忘れていても不思議はないと」 「はい。わたくしが他の一通と取り替えて置きます」  決意を宿した目でシズさんは言った。 「しかし、露見した場合、シズさんが」 「いえ、大丈夫でございます。物忘れが酷い事は旦那様も奥様もご存知でいらっしゃるので」  シズさんにまた迷惑を掛ける事になるが仕方が無い。  一番守りたいのは片桐なのだから。  彼の様子も気に掛かる。遅かれ早かれ我が家からの抗議の手紙が片桐家に行く事は間違い無い。両親はこの件で聞く耳を持たない様子だったが、病床に伏していらっしゃる片桐伯爵は如何だろうか。  病で倒れられても、判断力はお持ちと伺って居る。ただ、御言葉が不自由なだけだと。自分が抗弁に行っても無駄だろうか。片桐の様子を仄聞されている事は間違い無い。両親の手紙よりも先に自分で謝罪に行くのはどうだろうかと考えて居た。  絢子様が大急ぎでお動きになられても、天皇陛下や皇后陛下は他の御皇族方よりもお忙しいと伺って居る。我が家と片桐家との調停のお時間をお取りになって下さるかどうかも分からないが――もし、その取って戴けるとしても、数日後の事だろう――それまでに出来る事はして置きたい。 「留守中に変わった事はなかっただろうか」 「はい。どなたもこのお部屋には近付きになられませんでした。それはいつもと同じ事でございます」 「すると、明日も抜け出したとしても気付かれるような事は」 「そうでございますね。奥様が何か緊急の用事で訪ねて来られる以外は大丈夫かと存じます。明日、奥様はゆっくりとお休みになると伺っております」  シズさんも本来使用人の噂話などを好まない女性だったが、自分付きになった途端、意識して使用人の噂を集めて来てくれる。とても有り難かった。  その時、屋敷の雰囲気が慌しくなり、主人夫妻の帰邸が伝えられた。

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