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第148話(第6章)
シズさんは自分付きなので出迎える必要は無い。明日、手紙を出さない様にさせるのと、片桐伯爵に弁明に行く機会が有ればいいとそう思った。
絢子様もなるべく早く御動きに成って下さるだろう。それまでに出来る事、それは、片桐の容態を回復させる事と、片桐伯爵に直接弁明する事だった。伯爵夫妻は明日、御屋敷にいらっしゃるのか、華子嬢に問い合わせてみようと思った。
丁度その時、室内着に着替えた母が部屋を訪れた。シズさんは目立たないように自分の部屋を整えてくれていた。
「ただ今戻りましてよ。晃彦さん。とても立派な晩餐会でございましたわ。その上宮城では皇后陛下から直々に親しく御言葉を賜りました。内々に御話ししたい事があるので、三日後に御私室に参るようにとの事でございます。まぁぁ。こんな名誉な事は滅多に御座いません。わたくし、御言葉を伺って卒倒しそうでしたわ。」
母はその時の様子を思い出しているのか、頬が上気している。
「それはとても光栄な事ですね。母上のみが招待されたのでしょうか」
絢子様からの何らかの働きかけが有ったに違いないと確信し、作り笑いで質問してみる。
「いえ、夫婦揃ってという御内意ですわ。まぁぁ大変、どの御着物を召して行けばいいかしら」
「そうですか。お傍に絢子様がいらっしゃいませんでしたか」
失礼の無い着物の事に頭が一杯なのか、さして不審に思われた風は無く母は言った。
「そういえば、いらっしゃいましたわ。
ああ、マサ、今からだと新調する時間は有りませんわね」
室内には入らず、廊下の隅に控えて居たマサは母の問いに答えていた。
「三越百貨店の番頭を御呼びになると言うのは如何でしょう」
「番頭を呼ぶのも良い考えですが、やはり、様々な百貨店でお召し物を見たいですわね。明日、出かけますよ。マサ、お供なさい。では晃彦さんお休みなさいませ」
そう言って母は出て行った。
母の様な身分の者の買い物は、殆どが百貨店の責任者で有る番頭を呼びつけて必要な物を持って来させるのが一般的だ。母が出向くとなると、百貨店中の責任者が集まるだろう。その上、皇后陛下に内々にとは言え謁見するのだから、着物も迷うに違いない。時間が掛かる事は想像に難くない。父は買い物には付き合わないだろうが、何時ものように自室に籠もっている可能性が高い。自分さえ、上手く立ち回れば、昼間の外出も出来そうだった。
幸い、昨日の華子嬢の心遣いで、近道は分かって居る。
片桐に食事を摂らせて、片桐伯爵に抗弁する時間は何とか取れそうだ。
早速、華子嬢に手紙を書いた。書き終わった後黙って控えて居たシズさんに言った。
「無理を承知で頼む。これを早急に片桐家に届けて貰えないだろうか」
彼女は控えめな微笑を浮かべると頭を下げた。
シズさんが出て行った後、華子嬢への手紙の文面を思い浮かべる。
(片桐伯爵にどうしてもお会いしたいので、何とか機会を作って戴けないでしょうか…今日、片桐君の様子をこの目で見て、居ても立っても居られないので)
ざっと、このような文面だった。
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