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第150話(第6章)

 しかし、二人の関係をあからさまに申し上げるのは片桐伯爵にも衝撃を与えるだろう。  ただ、自分の両親が抗議の手紙を出してそれを読まれた場合、いずれは露呈することになる。  成るべく遠まわしに申し上げるしかないと判断した。  明日、片桐の顔を見る事が出来るのがせめてもの救いだと思った。  片桐の父上は現在病床に伏して居られる。その事を考えると、赤裸々な事は申し上げられない上に、自分は過去の因縁の有る加藤家の人間だ。面会は華子嬢が骨を折って呉れても叶わないかもしれない。そうすると、書状を先に書いて置いた方が良いのかも知れないと思った。  病人用に大きな文字で筆書きが好ましいだろう。読まれる事なく、捨てられるかも知れないが、用意するに越した事は無い。文面は謝罪の言葉とこれまでの経緯を書いた方が良いだろうと、早速硯と筆を用意して書き始めた。成るべく失礼の無いように文案を練って書き始めた。  中々、書くのに苦労はしたが、これも片桐の為だと思うと苦では無い。  二時間後、ようやく書き上げて、読み返して見た。これで許して下さらない可能性は有るが、それはそれで仕方の無い事だ。  明日、母がマサを伴って買い物に出た時が良い機会だろう。その時を見計らって、誰にも見つからないようにと、シズさんを呼んで打ち合わせをした。シズさんは露見した時の自分の責任を痛感している――それは自分のせいだったが、シズさんはそうは考えて居ないようだった。  屋敷の人間は、敏い者を除いては、自分が病気になっていると信じているので、部屋に近付く使用人も居ないのが好都合だ。  明日の為に早く休む事にした。  寝台に上がってからも、片桐の父上の件と、片桐の様子の事が気に掛かって何時ものように直ぐには寝られなかったが、片桐の事を考えると、自分がすべき事は遺漏の無いようにしたい。睡眠不足で片桐の屋敷を訪問して、特に片桐の父上に粗相が有ってはならない。無理に眠るように努めた。  朝、シズさん1人が朝食を運んで来た。お目付け役のマサは母上の買い物の支度をしているに違いない。 「シズさん、母上が外出されたら、誰を連れて行くのか見ていて欲しい」  そう頼むと彼女は心得顔で頷いた。  母が出掛けるのを一日千秋の思いで待ち構えて居ると、シズさんの控えめな扉が叩く音がした。 「ただ今、奥様はお気に入りの使用人を全てお連れになって、お出掛けになりました」  しかも、母は全てのお気に入りの使用人を連れて行ったという事は、自分の事情を知る使用人は全て屋敷から出払って居る事になる。

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