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第152話(第6章)
扉の向こうに人の気配が無いことを確認してから、力を加減して抱き締め、接吻した。
舌で唇の輪郭を辿り彼の唇の輪郭を確かめていると、彼は唇の合わせ目を弛めた。唇と彼の口腔を思いの様貪った。彼も舌を絡め、舌同士の接触を楽しむ。
呼吸が苦しくなる前に唇を離すと、銀色の名残が二人の唇に残った。
室内を見回すと、朝食が殆ど手を付けられないまま残って居た。
「矢張り食べられないのか」
眉間に皺を寄せて質問する。片桐は微苦笑を浮かべ、言い訳する様に言った。
「食べなければならないとは分かっては居るのだが、どうも、箸を付ける気がしなくて」
「食べさせてやろうか。昨日のように」
揶揄を含んだ声で言うと、片桐は強気な口調で言い切った。
「晃彦の手は借りない。自分で食べる」
余程、昨日の事が恥ずかしかったらしい。冷めた食事の載った卓に付いている椅子に座った。自分もその向かい側に座る。
「昨日は眠れたか」
心配な事を一つずつ聞いていった。
「晃彦のお陰で久しぶりに朝まで眠ることが出来た。有り難う。悪夢で魘される事も途中で目覚める事も無かった」
華子嬢の伝言に寄れば、眠れて居ないとの事だったが、昨日よりは表情も活き活きしている。少しは眠れたのだろう。
片桐のはにかんだ笑顔が久しぶりに見る事が出来て、訪問した甲斐が一先ずは有ったと思う。
片桐の箸の運びはゆっくりとしたものだったが、殆ど食べて居なかった人間は良く咀嚼する事も大切だと思って見守って居た。
無言で箸を動かして居た片桐が、顔を上げて言った。
「晃彦にそんなに見つめられると、食事の味も分からない」
「そうか、ならばこちらに座る」
そう言って片桐の隣の席に移動した。丁度空いている席が片桐の左側だったので、それを良い事に、励ます意味も込めて自分の右手と片桐の左手を重ね合わせた。
手の温もりがとても愛しい。生きていてくれている事が実感出来る。片桐は、ふんわりと微笑むと重なった手に力を込めた。
食事中は余り話さないのがマナァだ。そう思って黙っていた。片桐も特に話しかけて来ない。彼が食事を摂って居るのを安堵の気持ちで眺めて居た。
食事が終わった。彼が用意された朝食を全て食べる事が出来た事に満足感を覚えて居るた。すると、おもむろに彼は言った。
「今日は鞄も持って来たのか。昨日は持って来て無かった。それに制服で来るとは思わなかった…来て呉れたのはとても嬉しいが」
重なった手の位置を変えて、握り締めて来た。
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