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第153話(第6章)
今日は昨日と比べてかなり体調も精神的にも落ち着いているようだ。昨日は手が震えていたが、今日は震えて居ない。この調子だと本当の事を告げても大丈夫だと判断した。
「ああ、実は考え抜いた末の結論なのだが…、実はうちの屋敷にお前が来てくれた時に父母に見つかっただろう。それで、父母は立腹して正式にこちらの家に抗議の書簡をしたためると言っている。届くのは明日か明後日だ。
それまでに、お前の父上に俺の口から説明したい。それが叶わなければ、俺が書いた手紙をお渡ししたいと思っている」
そう言って鞄を取り、中身を出した。奉書紙で上書きした旧幕府の武家のしきたりでは最上級の敬意を払った形の手紙だ。
手紙を見て、片桐は考え込んだ。片桐は、今家長代理を務めて居る。父上の御容態も良く知って居るに違いない。その片桐の考えに従おうと思った。
面会が不可能ならば潔く諦めて、手紙だけでも読んで貰えるように片桐に頼もうと思った。
重なった手に更に力がこもった。しかし、手の震えは始まっているのが分かる。
「……分かった。これから父上のお部屋に一緒に行こう。それが一番良いと思う」
こちらを向けた顔に揺るぎない瞳を宿していた。
ベルを鳴らして使用人を呼び、「これから父上の部屋に友人と御見舞いに行っていいかを聞いて欲しい」と伝言を頼んだ。
「本当に、お前も居て良いのか。罵倒覚悟なのだぞ。片桐がまた傷付くかもしれない」
「いや、オレは晃彦が居てくれた方が傷付かないと思う」
そう言って、片桐の方から唇を重ね合わせて来た。唇も少し震えていた。
主人付きの女中と思しき、如何にも武家の妻といった旧弊な格好をした女中が声を掛けてから片桐の部屋に入って来た。
声を掛けられた瞬間から、向かい合わせに普通に座りなおした。
それまでは片桐の手の震えを宥めようと、ずっと手を握り締めて居たのが。自分が握り締めていたせいだと思いたいが、片桐の手の震えは治まっていた。
「旦那様が、お会いに成られます。そちら様のお名前をお伺いしたく思います」
穏やかな声で老女中は言った。一瞬の躊躇の後に、名乗る。
苗字を聞いた途端、老女中の顔は一瞬だけ狼狽の色が走ったが、直ぐに穏やかな微笑を浮かべて言った。
「承りました。加藤様がいらっしゃったと旦那様にお伝えに参りますので、少々お待ち下さいませ」
恭しく一礼をすると片桐の部屋から出て行った。
「お会い下さるだろうか」
心許無さの余り、片桐に聞いてみた。しかし、片桐も戸惑った顔をして居る。彼にも分からないという事だろう。
片桐が人払いをして居るせいで、部屋を訪れる使用人は居ない。
片桐の手の震えが始まったので、自分の不安は押し隠し彼の手を強く握り締めた。暫くそうして居ると、先程の老女中が扉の向こうから声を掛けて来た。
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