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第155話(第6章)
「我が愚息と学友だそうだな。ただ、そちらの家と我が家では過去の確執が有った事は存じているはず」
自分に当てられる視線はあくまでも厳しかった。もとより覚悟の上だったが。
伯爵の口調は明瞭では無かったが充分聞き取れるものだった。
「それにも関わらず、我が家を訪問するとはいかなるお気持ちからか」
覚悟を決めて申し上げる。
「実は、片桐君とはそういった確執を超えて、惹かれてしまいました。勿論悩みましたが、全てを覚悟の上で、私がその気持ちを彼に話したところ、私の強引さのせいで彼も私の気持ちに応えてくれました。彼に非は無く、全てが私の責任です」
頭を下げて居るのため、片桐伯爵がどの様な表情を浮かべているのかは分からなかった。
自分の言葉を遮って片桐が言った。
「いえ、私が勝手に加藤君に懸想していたのです。彼に非は有りません」
隣に正座している片桐の手を見ると震えていなかった。余程覚悟を決めているのだろうか。
「……つまり、二人は道ならぬ恋をして居るということか」
数分間の沈黙の後、伯爵は口を開いた。
「はい、その通りです。しかし、片桐君に非は有りません。
ただ、先日二人で逢って居たところを我が家の両親に気付かれたのです。数日中に抗議の書簡が届く筈ですので、その前に申し開きをしたく思い、押して参上致しました」
心を込めて申し上げた。伯爵も目の力は強かった。多分自分も同じような目をしているだろうと思った。思っている事は正反対だろうが。
「父上、加藤君はこう言って居ますが、罪は私にこそ有ります。廃嫡は覚悟の上です」
片桐は静謐とでも表現されるような口調で断言した。彼の静かな覚悟が伝わって来る。
伯爵は暫く黙り込んだ。
自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「私が病に倒れて後、愚息が家長代理を務めていたが、屋敷内の様々な人間が愚息の不例を訴えて来ていた。これは家長代理の重圧では無かったという訳か」
話を始めようと口を開こうとした瞬間に片桐が言った。
「そうです。家長代理の務めはさほど重圧では有りませんでした。ただ、加藤君との関係が御両親に露呈してしまったため、加藤君が廃嫡の憂き目を見ることこそが私にとって最も辛い出来事です。だから、体調を崩してしまいました」
心の底から搾り出すような口調だった。
「つまりは、お前が廃嫡の憂き目に遭っても、加藤家の人間を守りたいという事か」
間髪を入れずに片桐が言った。
「はい、そうです」
片桐伯爵は、いささか不自由そうに顔を動かし、自分の目を凝視して居る。
「では、加藤家の子息に聞くが、もし、加藤家を廃嫡されるような事態に成った場合、加藤家を継ぐのは諦めて愚息と一緒に居たいという考えなのか」
「はい、左様で御座います」
前もって考えて来た事なので、自分の覚悟が伝えられることを期待して真っ直ぐに伯爵の目を見て真摯に答えた。
「そこまでの覚悟で愚息と居たいと思っているのか……」
そう仰ったきり、暫く沈黙が有った。
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