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第156話(第6章)
「私の考えは、この書簡にしたためて御座います」
正座の侭、膝行し、書簡を礼儀正しく渡した。
「読ませて戴く」
そう仰って、丁寧に奉書紙を開いた。
自分の鼓動が聞こえてくる。傍らの片桐の様子を窺うと彼も手が震えて居た。
手紙に目を通した後、長い沈黙が部屋に漂う。
何処からか川のせせらぎが聞こえて来る他は、自分の鼓動だけが大きく響く。
片桐は頭を下げたまま、畳に手を着いた指が震えて居るのが視界の隅に入った。
彼もかなり緊張して父上の返答を待っているのに違いない。
――片桐が恐れて居る事は、自分と離れ離れになる事は良く分かっている積りだった――
伯爵は深い吐息を吐くと考え深げに口を開いた。
「両人の考えは良く分かった。愚息も並々でない心労が有ったようだ。本来ならば、問答無用で廃嫡し、加藤家にも抗議の書簡を祐筆に書かせるところだが、これ程の覚悟が有るならば……。
許さざるを得まいだろう。私も病臥中、愚息が代理を良く務めて呉れていた事は報告を受けて居る。そして体調不良が精神的な物で有る事も。それが加藤家の人間との関わりが有ったとは不覚にも気付かなかったが……」
安堵の余り、吐息が出そうになったが、失礼に当るので我慢した。片桐も手の震えは止まって居る。
祐筆とは、主人の代わりに手紙を書く仕事をする人間だ。お体が不自由でいらっしゃるので、御自分で手紙を御書きになれないのだろう。
「二人がこれからも親密な関係を続けるのであれば、世継ぎは出来ないだろう。ただ、幸いと言っては何だが、我が伯爵家にはもう1人息子が居る。その息子の子供を次の嫡子にすれば問題は無い。加藤伯爵がどの様なお考えかは全く分からないが、これ程までの覚悟はゆめゆめ疎かには出来ない。二人の関係を認めよう」
厳かに伯爵は仰った。
夢かと思って片桐と顔を合わせた。彼も安堵半分呆然半分の表情をして居る。自分も同じような顔をして居るのだろうと思った。
「個人的な考えだが、明治の御代も終わり両家の確執もそろそろ終わりにしたいと思って居た。
これからは愚息と仲良くして呉れればと思って居る。ましてや、精神的に変調を来たす程に思い詰めるような間柄では、余程、絆は深いのであろう。加藤家からの手紙については、到着した時点で考えよう。愚息は私が病に倒れてから家長代理を立派に務めていたと聞いておる。
先程はああ申したが、廃嫡は考慮の外だ。これからも愚息の事を宜しく頼む」
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