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第157話(第6章)
片桐伯爵はそう仰ると、疲れたように手元の鈴を鳴らした。すぐに先程の老女中が声を掛けて来る。
「対面は終った。この方にくれぐれも失礼の無いように。私の客でもある事を考慮に入れておもてなししてくれ」
伯爵が老女中に命じているのを有り難く聞いた。今まで詰めていた息を吐くと、そっと片桐の方を覗った。
彼は力尽きたような顔をして居る。伯爵に感謝を込めた退出の挨拶をし、立ち上がった時に片桐の身体が傾いだ。
慌てて彼の身体を両腕で支えた。
「片桐君の容態が優れないようなので、立ったままで失礼致します」
そう申し上げ、片桐の身体を抱き抱えるようにして伯爵の部屋を後にする。
「もし、医者が必要ならば、遠慮なく使用人に申しつけてくれ。愚息を頼む」
伯爵の声が追い掛けて来た。
障子を閉める時に、伯爵に会釈しようと振り返ると、先程の老女中が布団を敷いて居た。
自分との対面のためにわざわざ布団を上げさせ、正式な対面をしようとして下さった伯爵の御心遣いが偲ばれた。
伯爵も片桐の精神状態を心配されて居たのだと思った。御自分の病状が片桐の変調の原因で無かった事もお考えになっていらっしゃったのだとその時に、やっと察しがついた。
幸い、伯爵も人払いをなさって下さっているのか、廊下に使用人の姿は無かった。すれ違ったのは伯爵専属らしい医師と看護婦だけだった。案内はされなかったが、来た廊下を辿れば片桐の部屋には行くことが出来る。彼の身体を抱きかかえながら早く片桐を休ませなければと考えていた。
彼の顔を覗き込むと顔色が真っ青で、額には汗の粒が光っている。辛そうに目を閉じた彼の顔だったが、唇はどこか満足げに弛んでいた。
これまでの緊張と、ここ数日間の絶食で脳貧血を起こしたのかも知れない。もし自分の手に余るようなら、先程の医者に見せなければならない。
横抱きにして彼の部屋に運ぶ。扉をどうやって開けるかを考えて居ると、昨日案内してくれた女中が扉の傍に控えていた。
「旦那様のお申し付けで参りました」
一礼してそう言うと、扉を開けてくれた。
「寝台に運ぶので用意をお願いする」
彼女は手早く言われた通りにし、片桐の室内着を用意してその後一礼した。
「後ほど、お食事を運んで参ります。御用が御有りの際はその釦を押して戴ければ参りますので」
そう言って彼女は下がった。
服を脱がせるのは簡単だったが、着せるとなると難しい。ぐったりしている片桐を取り敢えずは寝台に寝かせつけて、顔を覗き込んだ。
白っぽい唇から声が漏れる。
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