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第158話(第6章)

「晃彦、有り難う」  彼の長い睫毛が動き、瞳が現れる。その眼差しに静謐な安らかさも混じって居ることに自分だけでなく片桐のためにも良かったと思う。 「大丈夫か?医師を呼ぶ方がいいならそうするが」 「いや、晃彦が居ればそれだけで、良い」  そう言って目蓋を閉じる。  額に浮いた汗を浴室から持って来た濡れたタオルで拭った。 「今日来てくれて有り難う。父上が理解してくれたのは晃彦のお陰だ」  目を閉じたまま、呟くように片桐は言う。 「いや、お前が家長代理として頑張っていたからだろう。その努力の賜物だ」 「……しかし、オレは晃彦が居たから頑張れた……」  弱弱しい声だったので、体力的にも精神的にも限界かと思って、会話を止め汗で少し湿っている片桐の髪を梳く。 「それ、気持ちが良い……」  片桐はそう言うと、疲れたように眠り込んだ。  髪を梳きながらじっと片桐の顔を見る。  今日は来て良かったとしみじみと思った。少なくとも、片桐家と自分の家の全面対決は避けられた。自分の父母はどう出て来るのか分からないが、絢子様を始めとして動いて下さって居る御方がいらっしゃる。こちらの面でも良い成果が出れば良い。 片桐の廃嫡が避けられた事だけは素直に喜ばしいと思った。  扉が遠慮がちに叩かれる。応じて出て行くと、先程の女中が食事を載せた台を運んできていた。二人分の食事が用意されている。  これは片桐伯爵か、先程の老女中の指図に違いない。 「有り難う。ここからは私がするから下がっても構わない」  部屋の外で話していたが、声が聞こえたのだろう。そんなに深くは眠ってなかったのか。その気配に片桐が目を覚ました。 「やはり、晃彦が居れば寝つきが良くなる」 「そうか、それでは毎晩来ようか」  半分本音、半分冗談めかして言った。  先程よりも顔色が良くなっているのを確認し、自分の言葉に考え込んでいる片桐に声を掛けた。 「食事は摂れるか」 「ああ、晃彦が居れば、食べられる」  言いながら微笑んだ片桐の顔は穏やかだった。少しは片桐が背負っていた荷物を軽く出来た事に深い充実感を覚えた。  一緒に食事を摂っていると、以前の片桐の表情に近付いて来ている事に気付いた。「あの事件」が起こる前の片桐の、穏やかで自分を惹き付けて止まない親愛の情がこもった眼差しだった。

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