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第159話(第6章)
自分の事はどうなるのかは分不明だが、片桐に取っては一歩前進した訪問だったと思った。後は、皇后陛下や絢子様がどの様に御仲裁に入って下さるのかだけが心配だった。
片桐の精神状態は自分が居れば落ち着くようなので、自邸の隙を見て訪問すれば良いと決意した。家長である片桐伯爵の許しも出た事なので、次回からは堂々と訪問出来る。
片桐伯爵との面会、そして片桐との食事のせいで時間が無情にも経過していく。そろそろ屋敷に戻らないと、母が屋敷に戻って来るかも知れない時間になってしまっていた。
「片桐、綾子様や柳原嬢が動いて下さって居る。悪い結果にはならないと思うから、お前はしっかり食べて、しっかり寝るのが良いと思う。今日はもう帰らなければならない時間だが、隙を見てまた来る。その時までに元気になってくれれば嬉しい」
真剣な表情で告げると、神妙にこくりと頷いた。
時計を見て、立ち上がると片桐も食卓から立ち上がり、腕を首に回して来た。その動作に危うげなところは無く、貧血は今の処は大丈夫そうだ。
手を片桐の細い腰に回し、接吻を交わす。
「また来てくれればとても嬉しい」
名残惜しげに唇を離すと片桐が言った。
「ああ、必ずまた来る」
そう言って彼の額に口付けた。
帰り支度をしてから片桐の部屋の鈴を鳴らすと、先程の女中が現れた。辞意を告げると、案内される。見送って居る片桐に安心させるように微笑した。彼も唇を綻ばせてくれた。
彼女が先導してくれたのは今まで使っていた使用人用の階段ではなく、主人や家族が使う階段だった。先に立って歩いていく彼女に聞いてみた。
「これはどなたのお指図なのか」
「旦那様でございます」
この言葉に、片桐家に正式に迎え入れられたという実感を噛み締めていた。
正門ではなく裏門に案内してもらった。この方が早く屋敷に戻る事が出来る。
――母が屋敷に戻ってなければいいのだが――
その懸念から早足で屋敷に戻り、様子を窺う。母の車は無く、まだ戻ってらっしゃらないようだった。
制服を着ている事もあり、使用人に見つからないように注意しながら自室にたどり着いた。
自室に戻って施錠すると、思わず溜息が出た。首尾は上々で満足すべきだったが、緊張し続けていたせいか疲れは感じていた。
数分1人で休んでからシズさんを呼んだ。彼女も心配してくれる人の中の1人だ。疎かには扱えない。
静かに入って来たシズさんに聞いた。
「今日、屋敷を抜け出した事に気付いた人間はいただろうか」
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