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第161話(第6章)

 柳原嬢からの電話、それは華子嬢からの伝言のためのものだった。華子嬢も片桐家の人間だ。自分の家では、まだ片桐家の人間は嫌悪されている。彼女もそれを分かっているので親友の柳原嬢に頼むしかないのだろう。内々の婚約者である三條も自分の両親が電話を取り次がない様に使用人に厳命しているので、彼女しか連絡が取れないのだ。  柳原嬢もとても良く協力してくれる。自分達の為に色々な人達が動いて下さるのは有り難いが、同時に心苦しくも有った。  華子嬢からの伝言は、自分達が宮城へ呼ばれた日時に同じく片桐家の人間である、片桐伯爵(病人なので介添え人の同行も許可されたそうだ)と片桐夫人、そして片桐も招待する御文が届いたというものだった。  電話を切った後、皇后陛下は両家の関係者を一同に会させて、何かを御話しされる御積りではないかと考えた。その何かが何なのかは御拝察出来ないが。  柳原嬢との電話を切る際に、華子嬢に聞いて欲しいと頼んだ事が有った。それは片桐が食欲と睡眠欲のどちらが欠乏しているかだ。  食事の後、片桐のためにこれ以上出来る事も考えられないので、仕方なく勉強をして時間を潰していると、マサが扉を叩いた。 「何だ」  嫌悪感を隠さずに言うと、マサは表情も変えずに報告した。 「柳原伯爵令嬢からのお電話で御座います。この分ですとご婚約も近いのでは有りませんか」  嬉しそうな顔をして言うマサに、無性に腹が立った。 「先の事はどうなるか分からない。俺も、マサも、そして柳原嬢も……」  嫌味にならないとは思ったが、口調が自然と「マサ」のところで刺々しくなった。 「まぁ……」  絶句するマサには目もくれないで、電話室に急いだ。柳原嬢は、自分との約束を律儀に守り、華子嬢と連絡を取った上で電話を下さったのだろう。その人柄に好感を抱いてしまう。恋愛感情などではなく…。 「華子さんにお聞きしたところでは、最近、食欲は少々あるようですが、お眠りになるのが難しいようですわ。こんな事でお役に立ちまして」 「はい、とても役に立って居ます。本当に有り難う御座います」 「わたくしに出来る事が御座いましたら、何でも仰って下さいませね。わたくしも片桐様が御弱りになっていくのを拝見しとうは御座いませんもの。」  そう仰って電話は切れた。  寝つきが悪いとは以前から聞いていたが、問題はやはり睡眠かと思った。なら、皇后陛下の謁見まで毎日、夜に忍んで行こうと決意した。彼を寝付かせるために。謁見で倒れることなど有ってはならない失礼な事だ。  彼が眠りにつくまで、見守る事くらいしか出来ない自分が歯痒かったが、他の方たちが協力して下さっている様子なのが幸いだった。  明日の夜は忍んで行けるだろうかと、思案にふけっていた。

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