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第162話(第6章)

 主人夫妻が留守だと、使用人の気が緩む。そこに付け込む事は出来ないかと考えた。父は、屋敷にいらっしゃる時は自室に籠もられる事が多い上に、家長として色々な仕事をなさっている。自分が不在であったとしても、気付かれる事は、ほぼ無い。  問題は母とマサを筆頭とする女性陣だ。  母を外出させる方法は無いだろうか…。  机に行儀の悪さを自覚しながら肘を付いて思案する。  その時、控えめな扉を叩く音が聞こえた。この音はシズさんだ。 「もうすぐ、奥様がいらっしゃいます。その報告がてら、手紙の件を御話ししたくて参りました。家令様は矢張りお気づきにならないようです。旦那様、奥様も手紙どころでは無いようですので、すっかり失念されていらっしゃる模様ですわ。ですから、私が片桐伯爵に宛てた手紙を保管させて戴いても宜しいでしょうか」  彼女の心遣いに感謝をした。「片桐が一方的に悪い」と書いてある手紙だろうとは容易に推測される。  そんな手紙で今日お会いした伯爵を悩ませたくない。しかも、その手紙は片桐が家長代理を務めている今、彼も読む可能性は極めて高い。  責任感が強いがどこか精神的に脆い処の有る片桐にその様な書簡を絶対に見せたく無い。それでなくても、精神的に衰弱して居る彼にこれ以上の衝撃を与えたくは無い、絶対に。 「宜しくお願いする」  そう頼んで居ると、母が部屋にいらっしゃった。母は興奮しているらしく、頬が紅潮しているが、何処と無く心配そうにも見える。 「どうなされましたか」  挨拶をして質問すると、母は少し眉をしかめた。 「皇后陛下は洋装をお好みになられます。うっかりそれに失念しておりまして、本日は着物を購入してしまったのですわ。まあぁ、どう致しましょう」  母が着ていく服などに興味は無かったが、これは良い機縁だと思った。 「ならば、洋装も行き付けの洋品店で購入されたら如何ですか」  母は愁眉を開き、明るい顔になった。 「では、明日にでもロープ・デコルテを大急ぎで作って貰う様にわたくしが直接参りますわ。そうですわね、両方用意するのに、しくはなしですわよね。マサを連れて外出しますわ。晃彦さんのお考えは素晴らしい事」  そう言って慌しく部屋から出て行かれた。  母が外出する時は屋敷を抜け出す絶好の機会だ。それを作り出す口実が咄嗟とはいえ、思い浮かんだ事に安堵した。 「という事だ。明日も片桐の屋敷にこっそりと行く事にする。後の事は宜しく頼む」  そう言うと、彼女も嬉しそうに微笑んだ。 「承りました。今回も失敗は致しません様に務めさせて戴きます」    明日も片桐の屋敷に行き、彼を安心させたいもと思って居た。自分が行く事で少しでも彼の救いになるのならば、何でもしたいと願わずには居られない。

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