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第163話(第7章)

 シズさんが朝食を運んできた。 「奥様は、旦那様は洋装を新装なさるとかで外出なさりました。マサさんもご一緒です」  静かに卓の上に食事を並べながら報告して呉れる。 「有り難う。やはり今日も片桐家に行く事にする」 「はい。片桐様にはくれぐれも宜しくと申し上げて戴きたく思います。そして、わたくしに不手際が有った事を深くお詫び致しております、と伝えて戴ければ、大変有り難いです」  彼女は、自分と片桐がこの屋敷で密会をしていた時に両親に露呈してしまった事を自分の責任だと思って居る節が有る。 「分かった。片桐にはシズさんの事を伝えておく。  それに露呈したのはシズさんの責任ではない」  安心させるように微笑んでも、彼女は済まなさそうな顔をするばかりだった。 「今、使用人は電話室の近くに居るだろうか」  片桐家に電話を掛けて今日訪問する事を前もって知らせなくてはと思った。片桐家も皇后陛下からの突然の呼び出しに狼狽して居る筈だ。片桐もその例には漏れないだろう。色々説明して安心させたかった。 「見て参ります」  シズさんが静かに退出した。  母は、ロープ・デ・コルテを今日中に作らせるだろうが……それも行き付けの洋装店で色を決め、仮縫いまでは店に留まる可能性はかなり高い。それもあれこれと指図し、迷うだろうから時間を稼ぐにはもってこいだ。父はそんなに時間は掛からないだろうが、元々自分の部屋に来られる機会の無い方だ。自分が不在でも分かる事は無い。マサは母にずっと付きっ切りの筈だ。  洋装店には迷惑な話だが、母は今日中にドレスを仕立てさせるべく自らが居座って居るかもしれない。いずれにしても自分には都合の良い話なのでほくそえんだ。 「今の所、電話室に人は居りません。わたくしが上手く誤魔化しておきますので、どうかお電話をお掛け下さいませ」  急いで電話室に行き、空で覚えている片桐の家の番号を交換手に伝えた。片桐家に繋がると彼を呼んで貰うように頼む。 「学友の晃彦と仰って貰えれば分かります」  そう言って、暫く待った。人の気配を窺いながら待って居た。 「晃彦か」  懐かしく感じる片桐の声が機械越しに聞こえてきた。 「今日、お前の屋敷に忍んで行っても大丈夫だろうか」 「ああ、何が何だか分からないが、皇后陛下のお招きを我が家が受けてしまって……父も母も用意に余念が無いから大丈夫だと思う」 「では、夕方に行く」 「逢いたいと思って居た。でも、晃彦が負担に思うなら来なくても、オレは気にしない…・・・しかし、期待はして待っては、居る・・・…」  何となく名残惜しそうな口調で言って、電話は切れた。

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