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167話(第7章)
「お前が廃嫡されるならば、俺も廃嫡して貰う積りだ。元々は俺のせいなのだから」
片桐が強い口調で反論する。
「いや、晃彦は加藤伯爵家の跡取りとしてこれまで以上に頑張って欲しい。それがオレの願いだ。オレは廃嫡されても、苦学して帝大に行き、丸の内の企業に勤める覚悟は出来て居る」
こうなれば、口論は避けられない。自分も同じ考えなのだから。
「明日、宮城に参る時、何を着ていく」
話題を変えたくてそう言った。
「父はフロックコート、母はローブ・デ・コルテと仰っていたが、オレは学生の身分に相応しく制服で参内する積りだ」
肩を預けて片桐が言う。ならば自分も同じ服装をして行こうと思った。
彼の顔を覗き込むと、眠そうな顔をして居る。
「少々早いが、寝台に入った方が良い」
「晃彦が付いて居てくれるのなら…」
「勿論、その積りだ。寝付くまで、髪を撫でて居る」
手を繋いで、片桐の寝室に入った。彼が寝付くまで、髪と頭皮を触っていた。
片桐は安心したように眠りに入った。それを確認すると、表情を改め、全ては明日の皇后陛下の御言葉に懸かっている事を思い起こして緊張して居た。
片桐の屈託のない笑顔を見たせいか、明日の皇后陛下との御対面はそれ程緊張する程の物ではないと伝えるのを忘れてしまって居た事に気付く。
しかし、片桐の精神状態は露呈して初めて逢った時よりもかなり快方に向かって居るようだった。食事を一緒にしていた時も手の震えなどは無く、何よりも表情が明るかった。静謐な決意の様な物が伝わって来ていた。
きっと彼なりに心の準備は整ったのだろう。その上、自分との未来を考えて呉れている様だ。それが何より嬉しい。
彼は皇后陛下との謁見についてそう気に病んでいるわけでは無かったのだと判断する。
それよりも、彼が食事を摂り、熟睡出来る様に成った事を喜ばなければならない。
彼が熟睡しているのを確かめて、そっと部屋を出た。すると、華子嬢付きで以前、自分の屋敷に案内してくれた女中が控えめに佇んでいた。
「お送りするようにと華子様が仰いましたので」
一礼と共に先に立って歩き出す。
屋敷に戻る時に考えたのは「父母が帰っていらっしゃらないで欲しい」という事だけだった。今、自分が屋敷を抜け出した事が分かれば、今までの苦労が泡沫に帰す。知らず知らず足早に成ってしまうが、華子嬢の女中も足は速いらしく苦も無く先に立って歩いている。
屋敷の裏門で帽子を脱ぐと、ポケットに仕舞う。この帽子が見つかれば厄介だ。そして裏門の様子を窺うと、門番がいかにも緊張感を欠いた様子で座っていた。
華子嬢の女中が指示も無いのに、話しかけた。
「こちらは、田中様の御屋敷で御座いますか」
そう言いながら、目配せをして早く入れと合図をしてくる。
「どちらの田中様に御用が」
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