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第171話(第7章)
「左様で御座います。もう大正の新時代です。明治の遺恨を抱き続けるのは如何かと愚考致して居りました」
父が、無理やり申し上げて居るのが――家族として接して来た自分には分かるが、他の人間には分からない程度だった――分かった。母は複雑な顔つきをして居る。
「そうです。加藤伯爵は素晴らしい識見をお持ちだと評判の方、その方からの言葉は嬉しく思います」
陛下は父を諭すように仰った。
「片桐伯爵のご意見は如何ですの」
伯爵は、少々呂律が回らない口調ながらも、自分の父と同じである事を申し上げていた。
「そうでしたら、決まりですわね。次代の伯爵家を継ぐ者達が懇意ならば両家の絆は深まりましょう。これこそが先帝陛下のお導きに違いありません」
この一言で、片桐も自分も廃嫡の可能性は無くなった。
気になって片桐の方をそっと見てみると、彼も呆然とした顔をして居る。
「しかし、絢子さんから聞き流す事が出来ない噂が一部で広がっていると耳に致しました」
きっと、母が流した「片桐が自分を誘惑した」という噂だろうと見当を付けた。
「何でも、『親友以上の醜関係にある』との噂です。そうですね、絢子さん」
皇后陛下の聡明な二重目蓋の瞳が絢子様に注がれた。
「はい、心無い一部の華族達は噂をして居るようですわ。広がるのも時間の問題かと推察致します」
――自分達の本当の関係をご存知でいらっしゃる絢子様だったが、今回は敢えて触れないらしい。皇后陛下にも何処まで御報告なされたのかは気に懸かるところだ――。
「それは由々しき問題ですね。何方か心無い者が面白半分に流した噂でしょうけれども……。
面白がる人間は沢山居そうですわね…。」
眉間に少し皺を寄せ、そう仰られて、言葉をお切りになる。
「こちらに学習院から取り寄せた資料が有ります」
そう仰って、二枚の紙片を封筒から出された。
「これを見て思いつきましたの」
そう仰って、大きな瞳を無邪気そうにお輝せになった。
皆が着席の機会を逸して仕舞っていた手前も有り、畏れ多い事ながら陛下に一歩近づいた。
封筒には「学習院院長」から皇后陛下に「進展」の文字が書かれて有った。封はペーパーナイフで切られて有る。
「これを見て思いつきましたの」
そう陛下は仰ると、中から書類をお取り出しになった。
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