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第172話(第7章)

 よく見てみると、自分と片桐の成績表だった。  彼とは学年で首席を争う間柄から始まったのだ…と、その頃の事がとても懐かしく思い出された。 「御二人は、首席を争う程、成績優秀な生徒さんで、院長も性格も素行も文句の付け様が無いと報告して下さいました。特に、加藤さんの英語の伸びは素晴らしいとか…」  そうだ、片桐と同じ家庭教師に学びたいが故に、英語は熱心に勉強した覚えが有る。  しかし、それが今、どういう関係にあるのだろう…。  ちらっと片桐の方に視線を遣ると、彼も話の展開が分からないといった顔つきだった。 「明治の御世から――正しくは幕府の時代も有りましたが――優秀な学生には官費で留学させる制度が有りました。今も、各国が戦争の支度をして居るとお聞きしています。加藤さんは、物理などを外国の大学で学ぶお積りはありますか。そして、片桐さんはその補佐をするお気持ちはありますでしょうか」  一瞬、仰られて居る意味が分からなかったが…片桐と一緒に外国の大学に――日本の帝国大学ではなく――留学せよという意味だと分かった…  二人で海外留学をしても、日本に居るよりも噂話になりにくいという陛下の御英断なのだろう。 「はい、是非とも海外で学びたく」  その返事は、片桐と綺麗に重なった。 「ただし、本来の官費留学では有りません。わたくしのお声掛りということで、宮内省から7割、それぞれの家から3割が限界なのです」    不規則な事を強行しているのだから仕方無い面もあるが、父母はどう出るかが案じられた。 「畏まりました。愚息の為にそこまでの御厚情、誠に有り難く、かたじけなく思い申します。勿論留学費用は我が伯爵家で喜んで出させて戴きます」  そう発言したのは片桐伯爵だった。伯爵に、手紙が届く前にご挨拶に伺ったのが効果を現したのだろうか……。その声に負けないように、父も同じような事を申し上げた。家族だけには分かるような機嫌の悪さだったが。 「では、決まりですわね。あちらの大学は9月が入学式だそうですから…これからは忙しくなります」    皇后陛下は聡明な瞳を輝かせ、自分と片桐の顔を交互にご覧になっていた。  両家の合意を得た皇后陛下は、大きな慈愛に満ちた瞳で自分と片桐をご覧に成られた。 「わたくしも出来うる事なら英吉利で学びたかったのです。片桐さんは得意の英語を活かしてもっと造詣を深めていらしてね。加藤さんは理科がお得意の様ですから、英吉利だけではなく他の国の大学へも学びに行かれて…他国の新兵器も学ばなければなりませんよ。その覚悟は御有りになりますか。そして勉学を修め帰国した時には華族として、また皇国の一員として義務を果たさなければならないのですよ。決して楽な道では無い事をお忘れなく」  そう諭される陛下の口調はむしろ穏やかだった。  片桐の方をそっと窺うと、彼は白皙の頬を薄紅に染めている。

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