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第173話(第7章)

「御内示、かたじけなく承ります。勉学に努め少しでも陛下を始め皇国のお役に立てるように頑張りたく思います」  瞳を輝かせそうはっきりと告げる片桐の顔は、露見以来の憂いが払拭され、とても活き活きしていて魅力的だった。  負けじと自分も啓上した。 「私も勉学に励み、陛下からの御高配に応える事の出来る教養を身に着けると共に、華族としての誇りと義務を持つ人間になり帰国して参ります」  そう申し上げていると、片桐の視線を感じた。そっと彼の顔を見ると今まで以上に安らかな笑顔をしている。  傍らに立っていらっしゃった絢子様が陛下に扇で口元を隠して耳打ちをされていらっしゃる事に気付いた。  陛下は頷かれるとこう仰った。 「さて、片桐伯爵家では、伯爵がご病気の為にご子息が家長代理を務めて居ると聞いて居りますが、そちらはどうなさるお積りですか」  御聡明な陛下はどちらの家が積極的かを敏感に感じられたのだろう。そう御下問が有った。 「幸い、病状は快方に向かっていると医師が申しておりました。愚息は留学準備に忙しくなります故、私や家内や娘や下の息子の協力を仰げば、そう難しい事では無いと心得る次第で御座います」  そう啓上なさった。相変わらず呂律は少し回って無かったが、片桐伯爵は片桐の笑顔を見て安心したのだろうか。譲歩を引き出した。  その間、自分の両親は無言だった。  それはそうだろう、仇敵の、しかも息子を誘惑したと信じている――それは誤解だが――と二人きりの海外留学など認められる筈が無いのだろうと思った。  皇后陛下の御前なので、黙って耐えているといった風情だった。  その空気を御察しになったのだろう、皇后陛下は厳かな表情をお作りになり仰った。 「絢子さんから伺って居ます。二人のご子息が醜関係にある…などと言うラチも無い噂を流されたのは加藤伯爵夫人ですね。華族は臣民の模範たる義務を負います。市民の者がそのような噂を漏れ聞く事に成っては、華族階級のみならず皇室をも愚弄の対象と成るという事をどうしてお分かりにならないのですか。もし、わたくしの言う事が不満でしたら、この件は畏れ多くも陛下に裁決を委ねる事に成りますが、如何」  声音は優しかったが、仰っている事は辛辣だ。

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