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第177話(第7章)

「特に、両伯爵夫妻には御話しが有ります。二人だけで学校へお向かいなさい。今、車を用意させます」  扇子を音高く閉じられた。  それが合図の様に女官達が入って来る。――もしかしたら本当に合図だったかもしれないが―― 「学習院に嫡男達がいらっしゃいます。車の用意を」  そう命じられた。  車……勿論、陛下が使っていらっしゃる御車の事だろう。皇室の御紋章が車体に飾られ、旗も立てている車だ。  謝辞したいが、先程、倒れかけて片桐の迷惑になった事を思い出すと、それも出来ない。  皇后陛下と絢子様、そして両家の父母でどの様な御言葉を賜るのかは分からないが、御二人の御様子から拝察すると自分達には悪い方向には絶対に行かないだろうと確信を持つ。  丁重かつ心のこもったご挨拶をして、自分達は陛下の御部屋を後にした。  女官に案内されて、肩を並べて廊下を歩く。片桐が、女官に気付かれないようにそっと手の甲を触れ合わせて来た。  皇室御用達のダイムラーに乗り込んだ。皇室の車は学校で見かける事が有っても乗った事はない。  後部席に二人で座り、運転手が慣れた手つきで運転しているのを興味深げに眺めている片桐の手を運転手に気付かれない様に握った。 「晃彦、本当に本当に有り難う。こんな言葉では表現出来ない位感謝して居る」  そして、暫く唇を動かしていたが、言葉に出来ないらしい。何を言うのだろうかと思って待っていた。 「晃彦、今回の事で良く分かった。オレは晃彦を心の底愛している……きっとこの先も……愛し続ける」  運転手に聞き取られない為に、片桐は小さな声で話していた。  皇居から学校まではかなりの距離が有る。しかし、皇后陛下のお車だ。道路には車が少ない上、通行人達は紋章を拝見すると、直ぐに道を空ける。この分だと直ぐに学校に着いてしまうだろう。 「晃彦がオレの為に色々としてくれたのは……、晃彦本人ばかりでなく、三條や華子からも聞いて居た。オレもどうにかしたかったのだが、どうしても身体が動かなくて……しかも言いたい事が声に出せない症状にも罹っていたみたいだ……。  本当に済まないと思って居る。あの悪夢の様な出来事の後で、本来ならばオレも動かなければならなかったのに、晃彦ばかりに苦労を掛けてしまった……」  気にするな…と言ってやりたかったが、言葉では伝えきれない想いが溢れ出て来る。だから、片桐の更に骨ばってしまった手を強く握った。

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