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第179話(第7章)
「有り難うございます」
院長先生の顔がこちらに向けられる。
「そちらの家の騒動は僅かながら聞き及んでいる。今日君達が此処に来たと言う事は解決したと考えてよいのだろうな」
「はい、おおむね解決したと思います」
正直に申し上げた。宮中の父母の振る舞いからすると、よもや皇后陛下お声掛りの留学話を反故にするとは思えないが、父母の怒りは収まってはいないだろう。
屋敷に帰るのが億劫になった。矛先は当然自分に向けられるのだから。
院長先生は自分の体調については何も仰らない。多分お見通しなのだろう。それに皇后陛下や絢子様が仰った「御礼」を申し上げる雰囲気でも無かった。あれは自分達を退出させる為の方便だったのかと今更ながらに気付いた。
「さて、畏れ多くも皇后陛下から御下問が有った時、両人とも『成績優秀、運動神抜群でどの国のどの大学に出しても恥ずかしくない学業成績だ』と啓上した。
これは本当の事だからな。そこで陛下はどの大学が二人に相応しいかとご質問された。
ワシは倫敦大学だと答えて、早速問い合わせて見た」
「倫敦大学というと、夏目漱石先生が留学された大学ですか」
片桐が目を輝かせて言った。文学関係は彼の方が詳しい。
「そうだ。そこで打診してみたのだが、無事入学許可が下りた。ケンブリッジの方が有名だが、あちらの学校は入学資格が厳しい。特に人種や国籍が問題で…二人の成績なら問題は無いが…」
少し悔しそうに院長先生は仰った。
「いえ、倫敦大学は王立大学ですし、由緒も実績も有る大学です。是非入学したいです」
「加藤君、君はどうかね」
「勿論、異存は有りません。向こうの大学の入学式は9月と聞きましたが、こちらの卒業式前に出発して宜しいのでしょうか」
「それは構わない。二人の成績と出席日数は足りているので、卒業は問題無い。英吉利には八月に着いていた方が良いだろう。
倫敦大学はその名の通り、英吉利の倫敦にある。寄宿舎も有るが、その点は行ってから決めると良い。倫敦は由緒のある街だ。色々な事を学んで来給え。これが必要書類だ。屋敷に帰って良く読むと良い。封をしてあるのは、推薦状や成績表なので開けない様に。これからの事を期待している。十全に学んで帰国しなさい」
そう仰って、院長先生は英吉利風に握手をして下さった。無論片桐にも。
片桐は自分の方だけ見て、花がほころぶように微笑していた。
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